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図鑑のない森で

作者: 江藤ぴりか

 ここに双眼鏡があったら。一眼レフカメラがあったら。

 そう思っても、ないものはない。創意工夫あるのみだ。

 おかげさまで、ここには魔法がある。二十一世紀の日本とこの世界。比べると日本はつくづく便利なのだと感じさせられる。でも、不便を魔法で解決するのが、転生者としては早いだろう。


 この世界はヨーロッパ、ひいてはイギリスに近いだろうか。日本より寒冷で、夏でも暖炉に火を入れるのが普通。村人の服も古風なワンピースやチュニックが占めている。どこかで見た中世あたりの絵画の服だ。



 それはさておき、バードウォッチングを知っているだろうか? 外にいる鳥を観察して楽しむ。そんな趣味だ。発祥はイギリスを中心にヨーロッパとされている。


 こと地球では十九世紀に英国王立鳥類保護協会が設立。野鳥を捕殺したり、飼育することを禁止しようということで、鳥を見て楽しむことを奨励されたのだ。

 フランスではヤマシギのジビエが有名だが、乱獲されまくり禁猟となった。なのでジビエの本場、フランスで「ジビエの王様」と持て囃されているが、国外のヤマシギを輸入しているのが現状だ。


 話を戻して、バードウォッチングについて。鳥の鳴き声を聞き、姿を探し当て、その行動を観察し、記録するなどの行動のことを指す。探鳥とも呼ばれる。

 僕はブログやSNSで野鳥の写真を見るのが楽しみだった。バーダー(野鳥観察をする人のこと)の観察力は凄まじい。鳴き声や仕草、発見した場所の環境を記録し、仲間に共有している。だが、野鳥に気遣えない者もいるので、正確な情報はぼかしている。



 そして今、僕は仕事も落ち着き、時間の余裕があった。五年程前は墓守の仕事も辛く、体力的にきついものがあったが、なんやかんやで手伝ってくれる修道士の皆さんのおかげで、ゆとりを持てたのだ。



 そうだ、野鳥観察をはじめよう。

 カメラはないので、発見した野鳥を絵に描いて記録するのが妥当だろう。分厚く、硬い表紙を作る。これは屋外で立ったまま筆記できるようにするためだ。確か「野帳ノート」と呼ばれるものにあたる。かっこよく「フィールドノート」なんて言っている人もいた。


 双眼鏡、望遠鏡フィールドスコープ、これは無い。オランダの眼鏡職人はここには来ていないようだ。

 その代わり、魔法がある。モノがなければ身体能力を強化すればいいじゃないとばかりに、遠くを見渡せる千里眼魔法「クリアボヤンス」があった。短所は、慣れないとかなり酔ってしまうことだ。


 図鑑。これはこの世界にはまだなかった。野鳥を観察する人はいても、研究して書物にしようという人はいない。とても残念だ。

 だが、老人に聞けば種類が分かるだろう。亀の甲より年の功とは言い得て妙だ。


「ふぇふぇふぇ。鳥の名前を知りたい? 面白いこというねえ、セルゲイや」

 ゾーイ婆さんに頼るのが一番良さそうだ。なぜなら彼女は森をよく訪れ、動物たちの様子を見て薬草の採取に活かしているからだ。


「まず、木を見る。梢の先に小さい鳥が囀っておるのが見えるな?」

 指差す方向に頭を向けると、木の上で黄色くて小さな物体がある。僕はすかさず指で輪っかを作り、片目に添えた。

「『クリアボヤンス』」

 詠唱単語を唱えてズームしてみる。黄色い物体は小鳥で、クチバシを開けたり閉じたりしていた。チュピチュピと囀っているのが、きっと彼なんだろう。

時折、頭を上げ下げしたり、右へ左へ体勢を変えている。

「ふぇふぇふぇ。あれは『ここは僕のなわばりだぞ』とでも言っておるのじゃろう。高い木の上で胸を張って、たまに羽を広げとるな」

「あれはなんていう鳥なんですか?」

 黄色いと思っていた小鳥が後ろを向くと、緑と青の体色が見えた。

「んー、アオガラじゃな。羽が青いカラの仲間じゃ」

 カラというと日本ではシジュウカラが有名な鳥だ。


 アオガラの顔は目に紺色の線が入っていて、かっこよく見えた。

「目の線が凛々しく見えますね」

「それは過眼線と呼ばれるものじゃな。クチバシから目を横切っている濃い色の線の部分をそう呼ぶ」

「なるほど。名前がついているんですね」

「そりゃ、いちいち『目の線のアレが』とか説明するのも面倒じゃからな」



 ゾーイ婆さんが言うには、繁殖の時期には、メスは壁や木の穴に、樹皮や苔、羽毛の他にラベンダーやノコギリソウなどの香りが強いハーブを敷き詰めて巣を作るのだという。虫除けや外敵に狙われないようにするためだろうか。


「動物は色々、教えてくれる。人間はそれを見て真似してみると、良いことがある。そうやって教えられているんじゃよ」


 やがてアオガラは羽ばたき、どこかへ飛んで行ってしまった。

「耳を澄ませると、色んな鳥の鳴き声が聴こえるだろう?」

 ツィーリリリ、ホーホー、キョキョキョ、ドゥロロロロ。森が音楽を奏でている。

「ロビンにシラコバト、アカゲラだね。最後の木を叩く音はドラミングと呼ばれておる」

 音の方向を見ると、木と垂直にアオガラより大きな鳥が留まっていた。忙しそうに木を高速で叩いている。


「なぜ、木に穴を開けるんでしょう?」

「巣にしたり、木の幹にいる虫を食べるためだろうね。その穴が他の鳥や動物の巣穴にもなる」

 他の動物、リスなんかが代表的だろう。越冬のためにドングリを貯食したり、もちろん巣にもなる。



「そういえば、ゾーイ婆さんの庭に巣箱や餌場を設置してますよね」

「そうだねぇ。冬の間だけ、餌場に木の実や粟なんかを置いてるよ。リスやロビン、さっき見たアオガラやシジュウカラのカラの混群が遊びに来よるわい」

 冬の間の小動物たちのお食事処と言ったところか。婆さんによると、自然への過度な介入は良くないが、人間も動物の生活に支えられている。迷惑をかけてしまっているお詫びなのだという。

 それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。でも、自然への接し方を彼女を通じて、これからも学んでいきたいと思う。


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