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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第六章 新月
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再訪、九十九月

 寮の部屋で目を覚ます。いつものように支度を進めようとして、はたと思い出した。……今日からは再び〈九十九月〉で活動するのか、と。

 憂鬱とまではいかないが、環境の変化は何度経験しても気を張ってしまう。一つため息を落とした。


「……行かないと」


 部屋を出て、ビル街を進む。久々に歩くこの道は、すっかり冬の気配を纏っていた。わたしが知っている景色はもっと色づいていたのだが、今はどことなく彩度を落とした色合いをしている。


 鼻の頭を冷やしながら〈九十九月〉総本山……もとい、本部ビルに入った。待ち受けていたのは正輝ともう一人、彼にそっくりな少年だ。


「ようこそ……というのも変ですね。おかえりなさい、音島さん」


 柔和な笑みを浮かべる少年は、自身を「(はしばみ)正人(まさと)」と名乗った。正輝の兄であり、榛家の後継者候補なのだとか。


「僕らのことはさておき、今後について説明しますね」


 正人は颯爽と歩き出す。正輝がそれに続いたのを見て、わたしも後を追いかけることにした。

 エレベーターに乗り、沈黙したまま十三階で降りる。向かったのは役員室……の隣室。飾り気のない扉を開けると、そこは殺風景な部屋だった。


「ここなら落ち着いて話ができるかな。……さて、さっそく本題です。音島さんには、これから要人護衛隊――通称〈新月〉にて活動してもらいます」

「俺たち……というか〈五家〉の護衛役ってところです」


 二人の説明に相槌を打ち、与えられた役割の理解に努める。話を聞く限り、わたしは他の面々と共に彼ら兄弟の護衛に当たるようだ。


「何か質問はありますか?」

「質問じゃないけど、そんな重要な役割をわたしに任せていいのかは聞きたい」


 小さく手を挙げて問うと、兄弟は顔を見合わせてくすりと笑った。


「もちろんですよ」

「当たり前です」


 返された言葉こそ違うものの、意味は全く同じ。わたしは、いつの間にやら彼らの信頼を勝ち取っていたらしい。


「そもそも、これはお祖母様の指示ですから。音島さんが心配することは何もありません」

「術者協会での貢献と、異能研究所の悪事を暴いた功績が評価されたみたいですよ」

「そんなことまで情報が伝わってるの怖いんだけど」


 そうぼやきつつも、わたしは月子からの指示を了承した。元から逆らうつもりもないが。


「受けてくれてよかった。それでは、音島さんと行動を共にする方を紹介しますね」


 正人が扉に向かって「お入りください」と声をかける。すると、長身の女性が姿を見せた。


「こちらは桐嶋(きりしま)幸花(さちか)さん。〈新月〉の中でも特に優秀な護衛ですよ」

「ご紹介の通り、アタシは桐嶋幸花だ。それなりに厳しくするからよろしくな」


 女性はそう言いながらもさっぱりした笑みを浮かべている。竹を割ったような、とでも言おうか。……本性は違うかもしれないが。


「どうも。わたしは音島律月、よろしく」


 スッと差し出された手を握り返す。わたしよりやや大きな手は、指先がひんやりと冷えていた。


「幸花って呼んでいい? 嫌なら名字でもいいけど」

「好きに呼んでくれ。こっちは律月って呼ぶからさ」


 そんなわたしたちのやり取りを見てか、榛の兄弟は「うまくやれそうだね」と微笑んでいる。


「仕事内容の詳細は桐嶋さんに聞いてください。……それじゃあ、僕たちは席を外しますね」


 正人は笑顔のまま立ち上がり退室していく。後に続く正輝だが、一瞬足を止めてこちらに視線を向けてくる。その真意を探る前に、彼は部屋を出てしまった。


 パタン。扉が完全に閉まる。数秒の間を置いて、幸花が「さてと」と口を開いた。


「相変わらず読めない兄君だことで。弟君を推したがる連中の気持ちもわからなくはないな」


 肩をすくめながら発された台詞に固まってしまう。困惑しながら幸花を見やると、彼女の顔に先ほどまでのさっぱりした笑みは影も形もなく、皮肉げに唇を歪めていた。


「……幸花?」

「律月も災難だよなあ。お家騒動のために利用されるなんて」


 まあ事情が何であれ、仕事はきっちりやってもらうが。幸花が淡々と吐き捨てた。……やはりと言うべきだろうか、わたしへの帰還指示には何らかの思惑があるらしい。

 ふぅ、とため息をつき、幸花に向き直る。ここで本心を明かさなければ、彼女からの信頼を得ることはできないだろう。根拠はないがそんな気がした。


「呼び戻された理由が何であれ、人を守るのが役割だって言われた以上は全力を尽くす。幸花がわたしをどう思ってるかはわからないけど……協力できたら嬉しい」


 ぺこりと頭を下げる。正面の人物がどんな顔をしているかはわからないが、纏う雰囲気がふっと和らぐのを感じた。


「……その言葉が聞けてよかった。不安にさせたなら悪いな」


 仲良くやろう。視界に手が映り込む。恐る恐る顔を上げてその手を取ると、幸花は暖かく笑った。

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