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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第五章 朧月
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二人組、潜入

 作戦会議から三日、綾はまだ戻ってこない。そこで、わたしと那津は作戦を実行することにした。

 運転の荒い車に揺られ、わたしたち二人が運ばれた先は――観月異能研究所。異能者を利用しておぞましい研究を繰り返す、悪の巣窟である。


「こっちに来い、妙な動きはするなよ」


 横柄な研究員に連行されたわたしたちは、作戦通り研究所へ潜り込むことに成功した。にんまり、男たちの目を盗んで笑い合う。

 まるで荷物を放り投げるように押し込まれ、よろけながらも入室する。そこで待っていたのは、向かって右側――当人からしたら左側――の髪だけを無造作に伸ばした女だった。先ほどの研究員たち同様に白衣を身につけているから、十中八九ここの職員だろう。


「お待ちしておりました。神永那津さん、音島律月さん」


 機械か何かに読み上げさせたかのような、感情の読み取れない声だった。女は冴島(さえじま)香音(かのん)と名乗り、自らを補助研究員だと称する。


「あなた方お二人にはいくつかの検査を受けていただきます。その結果で今後の研究内容を決定いたしますので、そのおつもりで」

「……はい」


 緊張と警戒をない交ぜにした那津の返事にも、冴島は反応を示さない。わたしの返事を待つことすらせず立ち上がり、別の研究員を呼ぶ、と去っていった。


「……とりあえず第一段階クリア、だね」


 息をつきつつ那津に声をかける。彼女も安堵するように微笑み、そしてすぐさま真剣な表情に戻った。


「次の目標は八辻さんを見つけること。……そして、ここの人たちが何か悪巧みしてるなら――」

「おや、秘密の話かい?」


 潜めた声で会話しているところに、第三者の声が降り注ぐ。わたしたちはびくりと肩を跳ねさせ、声の方向を慎重に見やった。

 そこに立っていたのは、不知火七海。研究員でありながら自らも研究対象として扱われているという、謎多き女だ。


「模倣ちゃん、元被検体ちゃん。楽しい雑談はそこまでにしておいてくれないかい?」

「また変な呼び方する……。わたしはともかく、那津のこと『被検体』とか言わないでよ」


 苦言を呈するも、不知火が気にしたそぶりは見えない。それどころか「元被検体ちゃんと会うのは久しぶりだね」なんて会話を続けようとしている。


「……えぇ。私がここに来るのは一年ぶり、でしょうか?」


 ぎこちなく微笑む那津は、自分の呼び方に違和感を抱いていないらしい。それどころか以前にも会ったことがあるという口ぶりで言葉を返した。


「先の一件を語らいたいのは山々だが、残念ながら適性検査が最優先でね。君たちの異能を詳しく調べさせてもらうよ。特に模倣ちゃんは――」


 隅々まで、くまなく調べないと。不知火が笑みを深めてわたしに接近してくる。その笑顔が不気味だ。逃げてもいいだろうか。そんな現実逃避をしていると、腕を出すように指示された。


「ひとまず採血させてもらうよ」

「嫌なんだけど……」

「却下。そもそも自ら乗り込んでおいて『検査は嫌』なんて理屈が通るわけないだろう?」


 正論である。わたしは渋々左の袖をまくり、思い直して右腕を差し出すことにした。短くはない「音島律月」としての生活で、自分が左利きであることは嫌になるほど理解していたのだ。

 採血のための注射針が、左腕に突き刺さる。チクリとした痛みに眉を顰めつつ、シリンジに赤い液体が溜まっていくのを見つめた。


「……よし、このくらいでいいだろう。気分が優れないとか、そういう不調はないかい?」

「ない」


 短く答えると、不知火は「それならよかった」と笑いながら器具を片付ける。そして別の注射器を取り出すと、今度は那津の血を採った。


「それじゃあこの血を調べてくるから、君たちはこの部屋で待機していてくれ。いいかい、()()()()()()、じっとしているんだよ」


 念押しするように何度も「動くな」と繰り返し、不知火が退室する。わたしたちを小さな子供だと思っているのだろうか。そんな不満を抱きつつ、那津と顔を見合わせた。


「……音島さん、どうしますか?」

「当然、外に出るよ。わたしたちは研究対象になるために来たわけじゃないんだから」

「ですよね。私も同意見です」


 那津はくすりと笑って立ち上がる。ドアに耳をつけるようにして向こう側の気配を探り、一つ頷いて静かにドアを開け放った。


「行きましょう音島さん、走りますよ!」


 目が痛くなるほど白い廊下を駆け出す。直進して、右に曲がって階段を駆け上がり、その先を左へ。那津の動きに迷いはない。……まるで、どこに向かえばいいのかを把握しているかのように。


「ちょっと那津、ここがどこだかわかってるの? 闇雲に走ってるんじゃ――」


 息を切らしながら呈した苦言も、那津が足を止めたと同時に紡げなくなる。突如目の前の通路を横切ったのは、ざっと数十人はいるであろう白衣の行列だった。

 言葉を、視線を交わさずともお互いの言いたいことがわかる。……この状況、明らかに窮地だ。


「――どうして、ここにお二人がいるんですか?」


 状況を打破する策を必死で模索している中、か細い少女の声が耳に届いた。

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