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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第四章 星月夜
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幕引き、新たな秩序

「それ、って……」


 会長の言葉にいち早く反応したのは瑠璃だ。目を大きく見開いた彼女は、再び「それって」と呟く。


「久谷派に主権を握らせる、ということだろうか」

「やっぱりそう聞こえるよね」


 柊と恭介がひそひそと囁き合う声が聞こえる。その言葉で、わたしは瑠璃の心中に意識を向けた。実の両親を「悪党」とまで評した彼女は、今何を思っているのだろうか。

 考えと行く末が読めずに悶々としていると、わたしの考えを遮るように「無論」という言葉が聞こえた。


「久谷派に実権を握らせるわけではない。榛殿や柊殿、あとは……そうだな、櫻木(さくらぎ)夫妻辺りに監察を頼みたいのだが」


 どうだろうか。会長が月子と柊に問う。水を向けられた二人は顔を見合わせていた。


「私は構わないわよ。反発する人たちから何か言われるかもしれないけれど、聞こえるほど耳が若くないもの」


 月子は冗談めかして答える。柊はうっすらと口を開いたが、何も言わずに口を引き結んだ。そんな彼に月子が返答を促す。


「伊吹さん、言いたいことは今のうちに言っておいた方がいいわよ。会長は意外と強引だから」

「……なら、遠慮なく。会長の考えは理解したが、久谷派どころか鷺沼派も納得しないだろう。その辺りはどう考えている?」


 柊の問いに、男は小さく唸る。痛いところを突かれたとでも言いたげな様子だ。しかし、直後に「わかっている」と呟いた彼の表情は、多くの人々の上に立つ者――術者協会の会長の威厳を持っていた。


「反感を買うのは承知の上だ。たとえ納得が得られなかろうが、会長権限で押し通す。……いかなる誹りを受けようとも、な」

「……鷺沼の名に負の烙印を押す気か」


 男は力なく首を振る。そういうわけではない、と呟く声が聞こえた。


「息子……海斗の行いは許されないものだ。それを抑止できなかった私にも責任がある。だが、撫子と理空に罪はない」

「お父様……?」


 撫子が戸惑ったように呟く。その声が聞こえているのかいないのか、男は父親の顔で「あぁ」とため息をついた。


「身勝手な言い分なのは承知している。それでも、二人の子供たちに責任を負わせないでほしい」


 どうか、頼む。頭を下げる男に、柊は「私に決める権利はない」とすげなく返す。それでも頭を上げようとしない彼に何を思ったのか、理空が近づいていった。


「今更父親面ですか。庇護者のような顔をして、協会に縛りつけたいだけでしょう」

「理空、そんな言い方は――」


 咎める撫子の声も構わず、理空は続ける。本当に身勝手ですね、と。


「そういう身内に甘いところが兄を助長させたことに気づいていないのですか? あなたがすべきことは、一族に泥を塗ってでも協会を改革することでしょう」


 違いますか。理空の冷たい声が責め立てるように響く。しんと静まりかえった室内に、一つため息が落ちた。


「……家族喧嘩なら家でやってくれ。ともかく、本気なのは理解した。私も協会の改革に尽力しよう」

「感謝する。この後無所属穏健派を中心に監査役を依頼しようと思う。……迷惑をかけるが、よろしく頼む」


 どうやら柊も会長の提案を受け入れたらしい。男が頭を下げている。話に入れないわたしたちは黙って眺めているしかなかった。……いや、恭介は堂々とあくびしている。少しは隠す努力をしろ、わたしだって眠いのを我慢しているのだから。


「客人の諸君、それに藤原殿には時間をとらせて申し訳ない」

「俺はおばあ様の付き添いですから。お気になさらず」

「元々わたしはここにいるはずのない者です。謝罪はいりません」


 正輝と瑠璃は穏やかな口ぶりで男の言葉に返答する。優しいというより、そのように答えるしかないのだろう。組織のトップという肩書きは、そう簡単に無視できるものでもないはずだ。

 とはいえ、わたしが彼らと同じように振る舞う必要なんてない。わたしは恭介に倣い、わざと大きく口を開けてあくびをした。


「ふぁ……。長話、もう終わった?」


 退屈すぎて寝るかと思った、そうぼやきながら反応を窺う。幸い男が怒る様子はない。これならひとまず言いたいことは言えそうだ。


「鷺沼派だ久谷派だ、って言ってるけど、揉め事の種にしかならないなら全部なくしちゃえばいいだけだよね」

「し、しかし――」

「しかし、何?」


 目をすがめて男を見やる。気圧されたわけではないだろうに、彼はぐっと押し黙ってしまった。


「それに、面倒な手順を踏まないと派閥から抜け出せないっていうのも変な話だよね。そうでもしないと誰も派閥に残ってくれない、って主張してるの?」


 挑発するように唇を歪めて言い放つ。貴様、と食ってかかる勢いの長男を止め、協会のトップは「手厳しいな」と苦笑した。


「本来の派閥は、後ろ盾のない者を保護する役割を担っていたのだ。今は形骸化してしまったとはいえ、派閥そのものをなくすことはできない」

「……」

「だが、構造改革は必要だろうな。派閥の出入りを自由に行えなければ、健全な組織など夢のまた夢。現在の慣習は根本から覆さねばならない」


 故に、男はそこで言葉を句切り、何かを決心したように力強く頷く。


「――故に私は、ここに宣言しよう。三か月で術者協会に秩序を取り戻し、会長の座を辞する、と」

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