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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第四章 星月夜
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禁術使いの復讐劇〈三〉

 緊迫した空気を裂くように、またしても大扉が開け放たれる。今回入ってきたのは、息を切らした大男。


「た、大変です! あの女が……!」

「ようやく返事をよこしたのか。それにしてもどうして今なんだ、間の悪い女め……」

「おやおや、ビジネスパートナーにずいぶんと失礼な物言いだね」


 大男が開けっぱなしにしていた扉から、一人の女が踏み入ってきた。上から下まで白一色の服に白衣を纏っている。やりすぎではないだろうか。


「重要な会議中に失礼。私は……あー、不知火(しらぬい)七海(ななみ)。観月異能研究所の研究員として、この協会と取引をしているところだ」


 突然現れた女はあっけらかんと爆弾のような言葉を落とす。直後、ざわつくわたしたちに「また後ほど」と言い残して去っていってしまった。


「今のは……」


 呆然とした瑠璃の呟きは、他の大勢の耳に入ることなく消えていく。この場にあの女――反目しているはずの組織から来た人間――が現れたことで混乱が起きているらしい。


 しかし、わたしにはわかったことがある。月子の企みだ。彼女が何のために昭人をこの場へ呼んだのか、わたしを〈オアシス〉へ向かわせたのはなぜか。それは――術者協会と異能研究所が結託していることに気づいたから、だろう。

 月子の目的は〈五家〉を守ること。千秋を疑うような発言はおまけに過ぎない、はずだ。現に、彼女はこの混乱の中でも普段通りの穏やかな笑みを絶やしていない。


 この騒ぎなら、少しくらい動いても咎められないだろう。わたしは立ち上がり、月子へ近づいた。


「ねぇ月子、あんたはどこまでわかってたの?」


 小さな声で尋ねる。しかし月子は「何のことかしら」とはぐらかすだけ。しかし諦めずに同じことを聞くと、彼女はくすりと笑った。


「何もわかってないわ。私がいる地位には情報の断片が集まりやすいだけ」


 それを繋ぎ合わせれば、どう動けばいいのかは自然とわかるのよ。月子はそう呟く。特級地術士であり〈九十九月〉の四大幹部でもある老婦人は、無邪気な少女のような笑みでわたしを呼んだ。


「あなたが信じたいものは信じられそう?」

「……わからない。でも、わたしを信じてくれた人を信じたいとは思う」


 思ったままを伝えると、月子は「そうね」とわたしの頭を撫でた。子供扱いだが、馬鹿にされている気はしない。


「いい出会いがあったようで何よりだわ」


 そして、わたしの頭から手を離すと「さて」と話題を転換する。最後の大仕事よ、と手を叩いた。


「禁術使いからの訴えに、異能研究所からの使者。……説明してくれるわよね?」


 月子は笑みを消して男を見やる。男はたじろぎながらも曖昧に笑い、何のことだか、と言い逃れようとしていた。


「――いい加減にしろ、見苦しい」


 地を揺るがすような低音が耳に届く。今までこの場からは聞こえなかった声だ。また乱入者なのか、セキュリティが不安になってしまう。

 げんなりするわたしとは異なり、他の術者たちは一斉に頭を下げた。協会の幹部なのだろうか。


「と、父さん、どうしてここに……!」


 言い逃れようとしていた男が叫ぶ。現れた男がその問いに答えることはなく、再び「見苦しい」と呟いた。


理空(りく)から話は聞いた。ずいぶんと横暴な振る舞いをしていたようだな」

「理空が……? あんな子供の言うことを信じるんてすか!」

「高校生ともなれば十分信用に足る発言をする。それに、あいつは昔から賢い」


 呆然とやり取りを見ていると、横から「彼が術者協会の会長よ」と声がする。月子が補足してくれたようだ。

 親子の言い争いは続く。言葉のラリーが繰り返される度に、傲慢な息子の余裕がなくなっているのが見て取れた。


「私の代理として協会の管理を任せていたが……まさか未来視を禁術に指定するとはな」

「違う、これには深い理由が――」

「その『理由』って、俺が見た未来のこと? あんたが失脚する、ってやつ」


 二人の会話に割って入ったのは穂村だ。ぎょっとする男たちに構うことなく「それなら納得する」と頷いた。


「あんたは俺の未来視に気づいて派閥に取り込もうとした。でも俺が断った上に不吉な予言なんてしたもんだから、ムカついて禁術指定なんかしたんでしょ」

「……お兄、様……? 嘘、ですよね。お兄様を貶めるだけの虚言ですよね……?」

「……」


 何も答えない男に、撫子は悲痛な声で問いかける。その様子をつまらなそうに眺めていた穂村は「いい加減現実見なよ」と吐き捨てた。


「撫子サンが盲目的に崇拝する『お兄様』はそんなにできた人間じゃないんだって。あんたは父親と兄貴だったらどっちを信じるの?」

「それは……」

「無駄ですよ、穂村さん。姉は自分の意思を捨てたのですから」


 またしても新たな声がする。乱入者が多すぎて驚く気も失せてきた。慣れた、とでも言おうか。


「出た、鷺沼の末っ子」


 ぼそりと瑠璃が呟いた。末っ子ということは、撫子たちの弟妹か。確かに撫子を「姉」と呼びながら入ってきたな。内心納得する。


「特級会合の場を乱してしまい申し訳ありません。僕は鷺沼理空。――鷺沼派の一員として、術者協会の腐敗を阻止します」

 丁寧に一礼した少年は、頭を上げると不敵な笑みを浮かべた。

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