不可解、警戒の視線
争いの種になることを恐れた〈五家〉が秘匿しようとしていたそれを、どうして〈五家〉と縁のなさそうな能勢が持っているのだろう。……いや、それよりも。穂村が時間操作の異能が存在することを知っている方が不審だ。
困惑と疑念でいっぱいになるわたしをよそに、他の三人は淡々と会話を続けている。その「日常」のような空気感が、今のわたしにはかえって恐ろしく思えた。
「そういうことなら、私が保護する……ということも可能です。しかし、能勢さんはいつ自分の異能に気づいたのでしょう?」
「実は、穂村くんが教えてくれたからわかったんです。今から考えれば、大学に入った頃には異能が使えるようになっていたような気がしますが……詳しいことは何もわからないです」
すみません。能勢が頭を下げる。昭人は彼に頭を上げさせると「なるほど」と呟きを漏らした。
「穂村さんが『わざわざ』異能者の保護を頼むとは珍しいと思っていましたが、そのような理由であれば納得できます」
「俺が人助けもしないような奴だって言いたいわけ?」
不服そうな穂村に無言で微笑む昭人。平和な光景だ。わたしの心情を除けば、の話だが。
やはり、わたしは彼らを警戒するべきなのだろうか。〈五家〉の……あの兄妹のことを信じきって、目の前の彼らを「敵」と認めるべき、なのかもしれない。しかし、その決断を下すには――情報がいる。今のわたしに正しい判断ができるとは思えない。黙ったまま会話の行く末を見守ることにした。
「では、能勢さんを新たな店員として迎え入れます。ここの店員は特殊な事情を持った方ばかりなので、時間操作の異能者が増えようとも軋轢は起きないでしょう」
「ほ、本当ですか……! ありがとうございます!」
能勢が再び頭を下げる。わずかに表情を緩めてそれを眺めていた穂村は、ふとわたしに視線を向けた。
「あんたの意見は? 賛成とか反対とかどうでもいいとか、何かしらあるでしょ」
「わたしの意見なんて必要ないでしょ、店長の昭人が決めたんだから」
感情を乗せずに返したものの、穂村が納得した様子はない。どこか疑わしそうな目でこちらを凝視してくる。わたしは眉を顰め、何、と返した。
「気にならない? 俺がどうしてこいつの異能に気づけたのか」
「そういうこともあるんじゃないの、知らないけど」
穂村が異能鑑定士であれば、能勢の異能に気づいても不思議ではない。深く考えるだけ無駄……いや、こいつはわたしに「思考」させようとしているのだろう。違和感に気づいた瞬間の反応を見るために。
ならば、反応を見せてはいけない。わたしの疑念を悟られないよう振る舞わなければ。無関心そうな態度を取り続けるわたしに呆れたのか、穂村は「……もういいよ」とため息をついた。
「あんたが信じられないくらい考えなしなのはわかったから」
「誰が考えなしだって?」
嘲笑するように吐き出された言葉を聞き流せず、つい反論してしまう。まずい、と思っても後の祭り。すぐに穂村が「へぇ?」と反応を示した。にやりと、意地の悪そうな笑みを浮かべて。
「じゃあ思慮深い音島サン、あんたの考えを教えてよ。俺がどうやって能勢の異能に気づいたのか」
「……っ」
こいつ、人をおちょくることに楽しみを見出しているタイプだ。こちらが怒りを見せた分だけ調子に乗るタイプ。怒らず冷静に、こいつの期待を裏切るような返答を――。
「え、っと。なんか、こう……『時間止まってるな』って感覚があった、とか……」
「……あーうん、そういうことでいいよもう」
しどろもどろに答えると、穂村は心底呆れたような声を発した。わたし自身も「それはない」と思う返しではあるので、そんな態度でも仕方ない。
「ねぇ篠条さん、この人っていつもこんな感じ? 何考えてるかわかんないというか、何も考えてないというか」
「何も考えていないわけではないと思いますが、割と普段と同じ態度ですよ」
穂村の問いに、昭人がくすくす笑いながら答える。おろおろと視線をさまよわせる能勢は「どういうこと、ですか?」と二人に尋ねた。
「俺の予想が外れただけ」
「え、穂村くんの『予想』って――未来視、のことですよね」
もしかして僕のせいですか。能勢の言葉はそれこそ予想外で、わたしは目を瞬かせることしかできない。未来視という単語も、彼が自分のせいだと思う理由もわからないのだ。
「能勢のせいじゃない。単にこの人が読めないだけでしょ」
「よくわからないけど、馬鹿にされてることはわかった。喧嘩なら買う」
臨戦態勢を取ると、二人の青年はぎょっと目を見開く。そのままじりじりと近づいていくわたしを止めたのは、昭人の「こら」という声だった。
「音島さん、そうやってすぐ喧嘩に持ち込まないように。穂村さんも人を小馬鹿にするような態度は改めましょうね」
「……」
二人揃ってふてくされていると、すかさず「返事は?」と声が飛んでくる。わたしたちは不承不承頷いた。
「よろしい。では、能勢さんを案内してきますので、その間に仲直りするように」
昭人はそう言い残して、能勢を連れて店内へと戻っていってしまう。パタンと裏口のドアが閉まり、この場にはわたしと穂村だけが残された。