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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第一章 三日月
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歓待、のち試練〈二〉

 会議室を出たわたしたちは各々の作業場に分かれることになった。わたしは棗に呼ばれ、彼の作業場へ向かう。


「音島、お前に言っておくことがある」


 作業場に入ると、すぐさま棗がそう切り出してきた。


「何?」

「……俺は、異能を持っていない」


 やけに重苦しい口調で告げられた言葉の意味がわからず、わたしは首を傾げる。


「うん。それがどうしたの?」

「は……?」


 棗が目を丸くした。先ほどまで三分の一ほど下ろされていた上瞼が限界まで開かれ、心から驚いていることが手に取るようにわかる。


「わたしだって異能持ってないはずだし。多分棗と同じだよ」

「ずいぶんと曖昧だな」

「覚えてないんだから仕方ない」


 しれっと言うと、彼は絶句し立ち尽くしてしまった。そういえば、班の面々に記憶喪失のことは話していなかった気がする。


「言ってなかったっけ、わたし記憶喪失だから」

「話の流れで開示するような内容じゃないだろそれ……」


 そう言った棗は頭を抱えてしゃがみ込む。頭が痛い、などと言っているが大丈夫だろうか。


「って、そんな話をしてる場合じゃない。音島、今日一日でお前に支援立案の全てを叩き込む」

「うわびっくりした……。突然立ち上がらないで、危ないでしょ」


 いきなり立ち上がった棗の頭を躱して文句を言う。彼は雑な謝罪だけを返してきた。


「というか今日一日って言われても、あと半日くらいだけど」

「それでもやる。この組織での立ち回りは可能な限り早く覚えるべきだ。お前が異能を持ってないならなおさら」


 棗は突然スイッチが入ったらしい。だがやる気に満ちた台詞とは裏腹に、彼の表情は沈んでいる。


「……何かあったの? 異能がないせいで嫌なことがあったとか?」


 思わずそう問いかけた。棗は静かに首を振る。


「そういうわけじゃない、この班は気のいい奴らばかりだしな。……だが、俺たちが相手取る犯人は決して善人じゃない」


 犯人、その言葉に目を伏せた。

 そうだ、ここは荒事の支援が仕事だ。犯人と直接対峙するのは別の隊らしいが、現場にいる以上はわたしたち支援隊が狙われることもあるだろう。異能を持つ犯人に対して、異能がないわたしや棗は不利になる。


「……」

「なぁ、音島」


 不意に呼びかけられ、わたしは伏せていた目線を上げた。眠そうな目に戻った棗は、いつの間にか黒い板状の何かを手にしている。


「俺たちに異能という対抗手段は使えない。だから、別の手で対抗するしかないんだ」

「その板が『別の手』なの?」


 あぁ。肯定を示す棗の声はどことなく楽しそうだ。まじまじと板を観察する。

 黒く反射するところはスマホの画面に似ているが、サイズはそれより二回りほど大きい。なるほど、得心がいった。


「わかった、それで殴るんだね」

「何言ってるんだお前」


 閃いた答えは呆れたような声で即座に否定されてしまう。むくれると、棗は板をわたしの正面に置いた。


「俺たちの手段は知識だ。異能者よりも詳しい異能の知識を持てば、勝てなくとも負けはしない」

「……勉強しろってこと? これで?」

「当然。これはお前専用の端末だから、他人が使うとか気にせず使えるぞ」


 呆気にとられていると、棗が端末の側面にあるボタンを押す。画面が明るくなり、パスコードを要求する文言が表示された。


「パスコードは一が四つ。仮のものだから後で変更しておけよ」

「了解」


 わたしはペタペタ液晶を触り、言われた通りのパスコードを入力する。切り替わった画面にはいくつものアプリが並んでいた。


「上から二番目、一番左のアプリを選択。起動に時間がかかるから、データ読み込みが終わったら俺を呼べ」

「ん」


 返事の代わりに短く唸り、アプリが起動するのをじっと待つ。読み込み中を示す灰色のバーがだんだん水色になっていくのをぼんやり見守った。

 バー全体が水色になり、そして消える。これで読み込みが終わったのだろうか。わたしは首を捻りながら棗に声をかけた。


「棗、これでいいの?」

「どれだ、見せてみろ」


 やや離れた位置で別の端末を操作していた棗が顔を上げ、わたしの元へ歩いてくる。画面を見せると、彼は「あぁ、これで問題ない」と頷いた。


「そこに入っているのは異能についての資料だ。この組織で研修に使われている資料から専門家が発表した論文まで、データ数はざっと三百くらいある」

「え? は……?」


 つらつらとした説明に頬を引きつらせる。専門家の論文まで含めて約三百もあるデータを開くように指示するなんて、嫌な予感しかしない。

 わたしの予想を裏付けるように、棗は「喜べ音島」と続ける。


「今日最初の仕事はこのデータを知識として頭に叩き込むことだ」

「は? そんなことしたら日が暮れ――」

「日が暮れる前に覚えろ。支援立案には必須の基礎知識だからな」


 それが終わったら本題に入るぞ。棗の言葉は右から左へ通り過ぎていく。膨大な資料が一覧で表示されている画面を前に、わたしは気が遠くなるのを感じた。

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