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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第四章 星月夜
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退避先、一進一退の攻防

 荒れ狂う風、振るわれる刃。二人の戦闘に巻き込まれ無残に散っていくインテリアを躱しながら、わたしは休憩スペースへと駆ける。一刻も早く、牡丹に伝言しなければ。

 全力で走ったせいか、わずかな距離なのに息が切れる。呼吸を整える暇さえ惜しみ、わたしはドアを開け放った。


「牡丹!」

「音島さん? そんなに慌ててどうし――」

「説明は後でする。とにかく裏口から外に出て」

「え、一体何が……」

「いいから早く!」


 牡丹の返事を待たず、彼女の手首を掴んで走り出す。ゴミ捨て用の裏口から外へ脱出すると、こちらに駆け寄ってくる人影が見えた。蒼だ。


「牡丹様! ……あ」


 蒼は牡丹の名前を呼び、直後慌てたように口を押さえる。彼が何に動揺しているかはすぐに理解できた。牡丹の呼び方だろう。しかし、今はそこを気にしている場合ではない。


「蒼、無事でよかった。……店にいた客たちは?」

「お客様も全員無事です。お二人に怪我はありませんか」


 聞き返され、わたしは牡丹と顔を見合わせる。そして、先に牡丹が口を開いた。


「……わたしは平気。音島さんは?」

「無傷」


 二人の眼前にピースサインを突きつけると、彼らは揃って苦笑する。血の繋がりがない二人が、今初めて姉弟に見えた。


「いたいた。りっちゃん、ちょっとこっち来てくれない?」


 緊迫した店内の状況を忘れられたのは一瞬のこと。わたしはなぜか富多に呼ばれ、涼歌も含めた三人で作戦会議をする羽目になってしまった。


「りっちゃんがなんで〈九十九月〉じゃないとこにいるかは置いといて、とりあえず現状をどうにかしないと。涼ちゃん、何か考えとかある?」

「あるにはある、が……。成功するとは限らない」

「何なに? 教えて」


 涼歌は富多の促しには反応せず、わたしに目を向ける。音島、そう呼びかけてくる声は沈んでいた。


「あいつは……お前に名乗ったか」

「うん。確か、藤原恭介って言ってた。……え、まさか」


 青年が名乗っていた名前は藤原恭介。そして、涼歌の名字も――藤原。彼女がわざわざあいつの名前を尋ねたことを鑑みても、考えられる可能性は一つしかなかった。


「……もしかして、あいつと涼歌って親戚?」

「あぁ。親戚というか……恭介は、私の弟だ」


 やっぱり。私も富多も声を発することはなかったものの、きっと内心は一致しているだろう。

 しかし、新たな謎も浮上する。二人が姉弟ならば、なぜあの青年は襲撃を諦めなかったのだろうか。しかも、あいつは店内に「自分の姉」がいたことなんて気にしていなかった。敵意を失うことも殺意を増幅させることもなく、まるで「存在自体に気づいていなかった」かのように。


「でもさ、あいつ涼ちゃんに気づいてなさそうだったよ? あの場に涼ちゃんが乱入しても解決しないんじゃないかな」

「それは……そう、なんだが……」


 富多が指摘すると、涼歌はうつむいてもごもごと口ごもる。きっと彼女もわかっているのだろう、自分が間に入ったところで事態は好転しない、と。


「……じゃあ何もしないで突っ立ってろって言いたいのか、お前は」

「そんなことは言わないけど。メインの作戦にするには弱いよねって話!」

「そう言うなら健二も何か案を出せ。私にだけ提案させて文句だけつけるんじゃねぇよ」


 行き場のない不安や苛立ちをぶつけ合っているのか、二人の間に険悪な空気が漂う。迂闊に口を挟むこともできず、わたしはぼんやりと彼らの論争を見守った。


「大体さぁ――」

「あの、一つお伺いしても構いませんか」


 突如、言い争いに割って入る声が耳に届く。牡丹の声だ。そちらに顔を向けると、彼女の後ろには蒼も控えていた。


「何だ?」

「失礼ながら、皆さんのお話に耳を傾けていました。その上で提案させていただきたいのです」

「提案? いいよ、言ってみて」


 先ほどまでの苛立ちをどこへ隠したのか、富多がにこやかに促す。牡丹はためらいがちに口を開き、素人の考えではありますが、と切り出した。


「弟さんに、姉の存在を気づかせればいいのではないでしょうか。思い出させる、というか……」

「方法に心当たりでもあるのか」


 訝しげな目をする涼歌に頷き返した牡丹が、蒼を手で示す。その動きに誘導されるまま視線を動かすと、蒼は一歩前へ踏み出した。


「僕の異能――精神操作を使います。あの人が忘れている『姉』の存在を思い出させるんです」

「精神操作……ね。聞いたことはあるけど、ホントにそんな異能があったんだ」

「だが、あの場に突入するのは危険すぎる。いくらここの店員でも、一般人を危険に向かわせるわけにはいかない」

「そう、ですよね……」


 蒼はうなだれ、わたしたちの間には沈黙が流れる。ここにはない壁掛け時計の秒針の音が聞こえた気がした。

 涼歌の反論は正しい。だが、それ以外に今打てる手なんて――。


「……あ」

「りっちゃん?」


 思わず声を漏らした。……一つだけ、方法がある。蒼自身を現場に向かわせないまま精神操作を扱う方法が。


「わたしが、蒼の代わりにやるよ」

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