終幕、断罪の時
「……承知した。これより処遇を言い渡す」
それまで無言だった雄一郎が宣言した。室内の空気が張り詰める。
「まず第四班について。班を解体し、所属する全員に別部隊への異動を命じる」
雄一郎からの命令に、千波が重々しく頷く。他の三人もそれに続いて了承を口にした。わたしも後に続こうとしたが、それを邪魔するように声が続く。
「音島律月の処遇は後ほど判断する。グラシエとの繋がりが否定できない以上、他の面々と同様の処分にはできない」
「……わかった」
反論したいが、根拠となるものは何一つない。侵入者が操っていた異国の言語がもしグラシエのものだとしたら、奴が「探していた」というわたしもグラシエの関係者になってしまう。
「……そして、水沢家についてだが――」
「雉羽様」
突然、要が雄一郎の言葉を遮った。少年は彼の叔父である当主代行を見て、司を見て、最後に玲を見る。その表情は、いっそ恐ろしさを覚えるほど凪いでいた。
「差し出がましい真似とは存じますが、私に提案させていただけませんか?」
「お前が? ……はは、私にどんな恨み事を吐くつもりだ」
「あなたには聞いていません。あくまでも私が提案している相手は雉羽様です」
相変わらず慇懃無礼な奴だ。外野で見ているだけのわたしでもそう思うのだから、あの男からしたら相当腹立たしい態度だろう。偉そうで気に食わない奴とはいえ、少し同情する。
男は一瞬顔を顰めたものの、それ以上言葉を発することなく黙り込んだ。要が改めて雄一郎に確認を取る。
「案を受け入れるかは別として、提案することは構わない」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
要は恭しく――本人がそんな性格ではないことは重々理解しているが、それでもそう見えたのだ――一礼した。凪いだ表情はそのままに、彼は男を呼ぶ。
「単刀直入に申し上げます。――あなたには、当主代行の座を降りていただきたい」
「な……っ」
「そして、礼央を新たな当主として指名してください。あれはまだ子供ですが、我々とは異なり復讐に囚われることはないでしょう」
いかがでしょうか、雉羽様。要が問いかける。その声からは感情こそ読み取れないものの、ひどくゆったりと、耳を打った。
「……ふむ」
雄一郎は腕組みをすると、要を呼ぶ。一つ聞かせてほしい、と続けた。
「お前には水沢の当主となる気がない、ということで相違ないか」
「はい。私には一族を束ね上げる力などありません。ですが、礼央の補佐を命じられるのであれば従いましょう」
「その言葉、違えるなよ」
ぎろり。そんな音が聞こえてきそうなほど鋭い視線が要に向けられる。しかし彼はたじろぐことなく雄一郎を見返した。
「もちろん。我々の知る『惨劇』を後に残さないためにも、私ではなく礼央が当主になるべきです」
「……お前の提案は把握した」
「雉羽さん、私からも提案させてもらえないかしら」
月子が小さく挙手をする。勝手な印象だが、彼女が他人の話を遮ってまで意見を述べるとは思っていなかった。
わたしよりも彼女と交流があるであろう雄一郎にとっても意外だったのか、わずかに目を丸くして「どうした」と聞き返している。
「いくら優秀でも、人を束ねる役目を担っていなかった若者二人が当主とその補佐になるのは無謀だと思うの」
「何が言いたい?」
「水沢の当主代行には、二人目の当主補佐として動いてもらうのがいいんじゃないかしら」
突飛な思いつきを嬉々として語る少女のような顔をして、月子はそう提案した。歌うような声音に、他幹部たちが呆気にとられているのがわかる。
「今まで家の代表として働いていた彼の経験を手放すのは惜しいと思うのだけれど」
どうかしら。月子が問う。雄一郎が思案するのを眺めながら、彼女の提案は理にかなっているのだろう、と考えた。
偉そうで気に食わない奴だとしても、当主代行を務めていたのは事実だ。要でもこれを覆すのは難しいだろう。現に、彼は何か言いたそうな顔をしているものの異論を発することはない。
「……そうだな」
そして、雄一郎は決断したようだ。一つ大きく頷き、口を開く。
「水沢礼央を仮の当主として認定する。水沢信次、水沢要の両名は当主補佐として務めるように」
「はい」
「……御意」
雄一郎の命に、偉そうな奴――信次という名前だったらしい――は深々と頭を垂れ、要は不承不承といった様子を隠さずに承諾した。
「浜村詩音は総合管理隊〈十三夜〉へ、薬師川漣は広報宣伝隊〈十六夜〉への異動を命じる」
「わかりました……」
「了解でーす」
顔色の悪い詩音が力なく頷き、漣は相変わらず無気力そうに返事する。雄一郎は二人から視線を移し、千波を見据えた。
「大崎千波には一か月間の謹慎を命じる。謹慎期間後は大崎千秋の補佐に専念せよ」
「御意」
千波は頭を下げたまま、元の姿勢に戻ろうとしない。彼女がこの場で示せる最大限の謝罪なのだろう。わかっていてもやるせない気持ちになる。千波は悪くないはずなのに。
「そして、音島律月に関しては――」
視線がわたしに向く。わたしは投げやりな気分で「何」と返した。処遇がどうなったとしても、わたしにとっていいものであるはずがないのだから。
「――大崎の庇護を離れるべきだ。お前を守るためにも、大崎の家を守るためにも」
「わたしのため……大崎のため?」
思わずオウム返しに問いかける。千秋と千波を見るも、彼らの表情は読めなかった。
「そうだ。雉羽、あるいは榛の庇護下に入るべきだと考える。他の三家よりも支援基盤があるからな」
雄一郎の表情は厳めしいままだが、もしやわたしや兄妹を心配しているのだろうか。だとしたら感情表出に難がありすぎるだろう。
「それなら私たち榛家が庇護するわ。雉羽はいろいろと大変でしょう?」
月子は穏やかに笑い、雄一郎の返答を待つことなくわたしに向き直った。いいかしら、と。
「わたしに断る権利があるの?」
「ないわねぇ。雉羽さんが苦言を呈さなければ、あなたは私たちが庇護するわ」
「……では、音島律月の件は榛家に一任する。だが、万一にでも人道を外れた行いがあれば――他の四家が介入することを忘れるな」
鋭い視線にも動じず、月子が忠告を受け入れる。榛家がわたしの身分を保証することが正式に決定したことで、異能審問会は閉会となった。