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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第三章 望月
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残滓、実験と悲哀

「異能を……消す? そんなことができるの?」

「可能か確かめるための実験、ってことだと思うけど……」


 漣と詩音がひそひそと言葉を交わす。外野となったわたしたちに構うことなく、〈五家〉の面々は書類に目を向けた。


「……これは」

「残酷な実験ね……」


 千波と月子が眉を寄せる。一瞬悲しそうな顔をした玲は、すぐさま表情を消し「結論から言うと」と続けた。


「実験は失敗に終わりました。異能者から異能を切除することはできても、切り離された異能エネルギーには行き場がない。……彼女は、その問題をクリアできなかった」

「しかし、辻宮茜は諦めなかった。水沢姓に変わってからも研究を続け、実子さえ実験台にしようと企んだ。異能を扱えない人間を見せかけの当主に据え、実質的な権限を得ようとしていたのだ」


 絶句する。なんて惨いことを考えるのだろう……などと、誰にも向けようがない不快感を覚えた。今は亡き人間には、どんな怒りもぶつけようがない。

 言葉を失いうつむくわたしたちに、司が「話を進めるぞ」と投げかけた。情け容赦ない男である。


「先ほども言った通り、その目論見は果たされずに終わった。女が死んだ今、研究の成果は散逸する資料でのみ確認できる」

「……お前たちの主張は理解した。しかし、その『研究』とやらを耳にした記憶はない」


 雄一郎は厳めしい顔で告げた。すると、司は顔色一つ変えず「雉羽家が知らないのも当然だろう」と頷く。


「元々は、研究の全てを辻宮家が隠蔽していたからな。私がこのことを知っているのは別の要因によるものだ」


 司の話をまとめると、水沢――旧姓、辻宮――茜が遺した研究の資料が外部に流出しているということらしい。その「外部」というのが、北方の国グラシエ。氷雪の国と称されるそこは、以前観月に宣戦布告してきた武装組織の本拠地があるのだと言う。


「軍の諜報機関が情報を得た頃には、既にグラシエが独自の研究を始めていた。その動向を探っていたところ……研究内容と酷似した機器が観月でも開発されたのだ」


 心当たりがないとは言わせない。司は水沢の当主代行を追い詰める。恐らく、司たちが確かめようとしているのは――男がグラシエと繋がりを持っているかどうか、だろう。

 どう言い訳をするのか。そんなわたしの疑念を裏切るように、男は一瞬虚を突かれたような顔をした。何一つ取り繕っていない、純粋な驚きの顔だ。


「そんなはず……、いや、ありえない……」


 ぶつぶつ言葉をこぼした男がうなだれる。しかし次の瞬間には何かに弾かれたような勢いで顔を上げた。


「……今回の侵入者が、グラシエの者である可能性は」

「否定できない。仮にそうだった場合、あの男……ひいてはあの国の目的は三雲葵だと考えられる」

「そうか……」


 男は大きく息を吐き出す。そして「わかった」と頷いた。


「私が知っていることを全て話す。そして、何としてでもグラシエの蛮行を阻止しなくては」


 それから男が語ったのは、彼が実験を知った経緯。そして「異能を封じる機器」を開発した動機だった。


「あの女の実験を知ったのは偶然だ。兄の家を整理していたら発見した。……それを辻宮が隠蔽していることにも気づいたが、事を荒立てる気はなかった」


 過去形。つまり、何か「事を荒立てる」に至った理由があるということ。続く言葉を待っていると、男は玲を見やり再びため息をついた。


「……兄たちを殺したのが辻宮だと判明し、私はどうしても復讐したくなった。あの女が、辻宮が――水沢家を崩壊させたのだ、と」

「ちょ、ちょっと待って」


 わたしは慌てて話を遮る。先ほどから引っかかりを覚えていたが、まさか玲の両親が犯したという「罪」は――殺人、なのだろうか。

 震える声で問いかけると、玲が「……正確には、殺人の教唆だ」と吐き出した。


「俺の両親は金を積んで、水沢の当主一家を殺すよう依頼した。大崎の当主夫妻を殺したときと同じ手法で、ね」

「……は? 玲の親は、千秋たちの親も殺したかった、ってこと?」

「そういうこと、だよ。……だから、俺は本来この場にいてはいけない人間なんだ」


 言葉を失う。心なしか、漣と詩音も顔を青ざめさせているように見えた。呼吸が苦しくなるほどの陰鬱な空気が室内に充満する。

 しかし、その空気を無視するように口を開いた者がいた。千秋だ。彼は玲に呼びかけると「ここは玲の罪悪感をどうにかする場じゃない」と突き放す。


「千秋、その言い草はないだろう……!」


 千波の声にも耳を貸さず、千秋は当主代行に話を振る。辻宮への復讐を、なぜ今になって実行したのか、と。


「……メールが届いたからだ。私用のアドレスに〈五家〉の内部崩壊を目論む一派がある、とだけ書かれたものが」


 内部崩壊。その言葉に、わたしは思わず青白い顔の詩音を見た。真砂からの忠告じみた言葉を思いだしたのだ。


『大崎家のご兄妹を信用しないように。……彼らは、この組織を破壊しようとしています』


 あの言葉と、男に届いたメールの文面。そっくりな内容に疑念が膨れ上がっていく。メールの差出人は真砂で、やはり兄妹は組織――ひいては〈五家〉の内部崩壊を目論んでいるのではないか。


「私は、即座に辻宮のことだと思った。辻宮から〈五家〉を守るためだと信じてあの機器を仕掛けたのだ。……本当に、愚かなことをしたな」


 グラシエの罠である可能性に思い至らなかった。男はそう自嘲し、頭を下げる。


「この度の私の行いは〈五家〉や観月を危険に晒すもの。どのような処罰であろうとも、私は雉羽様の決定に従います」

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