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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第三章 望月
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騒乱、月光の後始末

「……そうか、私が寝込んでいる間にそんなことになっていたんだな……」


 千波が遠い目をした。わたしは何も言えずに頷く。


 侵入者が騒ぎを起こしてから十日ほどが過ぎ、半壊とまで言われた〈弓張月〉第一班も通常業務を再開した。不幸中の幸いとでも言うべきか死者はおらず、一番の重傷者も一月ほどで復帰できるらしい。

 しかし、わたしたち第四班には大仕事が残されている。異能審問会だ。詩音は早々に全快したが、千波がなかなか回復しなかった。そのため、審問会は延期されている。


「大崎さんが目を覚ませば、すぐに日程が組まれるでしょうね」


 要はため息混じりにそう言っていた。その横で詩音と漣が苦く笑っていたのも記憶に新しい。


「幹部連中を待たせたことになるのか……」

「千波が罪悪感を持つ必要はないよ」

「……面倒だ」

「あ、別に落ち込んでなかった」


 なんとなく安心すると、千波は「どうして私が申し訳ないと思うんだ。悪いのは侵入者だろう」と嫌な顔をした。正論である。


「とりあえず、音島は詩音たちに報告してきてくれ。私は身支度を調えてから向かう」

「わかった」


 わたしは頷き、詩音たちの待つ部屋――審問準備室へと向かった。


「三人とも、千波が起きたよ」


 ドアを開け放つと同時に声を張り上げる。すぐさま要が「騒々しいですね」と睨んできた。


「もっと落ち着いて行動できないのですか?」

「要はわたしの行動に目くじら立てないと気が済まないわけ? 小姑ってやつ?」

「言葉の意味理解してます?」

「口うるさい人って意味じゃないの?」

「辞書で殴れば意味も理解できるようになるか、試してみましょう」


 そう言うや否や、要は本当に辞書を手に取る。わたしは慌てて距離を取った。暴力反対、と叫びながら。


「もう、二人とも喧嘩しないの! 薬師川くんも見てないで止めてよね?」

「えー、だってこれってじゃれ合いみたいなものでしょー? 俺が止めに入ったら逆に怒られそうじゃん」

「その心は」

「面倒臭いから関わりたくない」


 だと思った。ため息をつくと、漣は「喧嘩してる張本人に呆れられたくないんだけどー?」とわたしを睨む。


「そんなことより、俺たちも千波さんのところに行かないとね。無事なのは知ってるだろうけど、顔くらい見せなきゃ」

「もう来たぞ。お前たちは何を言い争っているんだ」


 心底うんざりした顔で、千波がわたしたちを順繰りに眺める。詩音は「聞いてくださいよ!」と膨れ面をした。


「大体把握している。くだらないことで喧嘩するな、詩音の負担が増えるだろうが」

「千波さんがそれ言う?」


 漣の指摘を聞き流し、千波は「行くぞ」と声をかけてくる。そして幹部連中に顔を見せないと、と続けた。

 審問準備室を後にし、わたしたちは薄暗い通路を進む。


「幹部連中……ってことは、千秋もいるんだね」

「知らん。だが多分いるだろうな。千秋のことだから、呼ばれていなくても手を回して参加していそうだ」


 幹部たちの待つ審問室へと歩を進めながら、わたしは千波と会話する。他の三人は口を閉ざしていた。緊張しているのだろうか。


「会話するようなこともありませんからね」

「思考読むのやめてよ、千秋じゃないんだから」

「はいはい。元気そうで何よりだけど、そろそろお喋りは終わりにしようか」


 詩音に窘められたわたしたちは揃って黙り込んだ。この重そうな金属扉の向こうに、四大幹部たちがいるらしい。開けるぞ、千波が扉に手をかけた。扉はきしむことなく開く。


「待ってたよ。全員無事に揃ってよかった」


 わたしたちを歓迎するかのように微笑むのは千秋だ。普段は緩く編まれている長髪は、珍しく首元で一つに括られていた。

 どうぞ、と着席を促される。流されるままに座ると、わたしの真正面には〈九十九月〉代表――雄一郎がいた。以前会ったときよりも眼光が鋭く感じる。


「異能者保護兼不法異能者摘発隊〈弓張月〉第四班、ただいま到着いたしました」


 千波がぎこちない敬語で告げた。ところどころ言いにくそうな顔をしているが、無理もないだろう。わたしなら噛む、絶対に舌を噛む。


「浜村詩音、水沢要、薬師川漣、音島律月、そして班長の大崎千波。五名全員の到着を確認した」


 雄一郎が厳かに告げる。それでは、と続く言葉に背筋を伸ばした。


「これより、第七回〈九十九月〉異能審問会を行う。全ての疑惑は〈望月〉の名の下に明るみになるだろう」


 朗々と口上が述べられると、水沢の当主代行は嫌な笑みを消して真面目な顔つきになる。それだけではない。千秋も月子も穏やかな微笑を消し、険しい表情を浮かべた。

 千波たちの空気も張り詰める。詩音は緊張を隠せない面持ちで、漣はわずかな敵意を滲ませ。要に至ってはもはや幹部たちを睨みつけていた。間違っても「望月って何のこと?」とは聞けそうにない雰囲気である。

 仕方がない。わたしは浮かんだ疑問を握り潰し、異能審問会へと意識を傾けた。

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