大崎千波の隠し事
ならば容赦はしない。男は、確かにそう言った。その声に反応してか、詩音が動く。
「……音島さん、この階に人を近づけないで。誰かを守りながら戦う余裕なんてないから」
「わ、わかった」
わたしを庇うように前進した彼女は、漣と要に合図を送った。二人が同時に頷き――パチン、漣が手を叩く。その瞬間、詩音の気配が消えた。
「……確か、観月では『気配遮断』と呼ぶんだったか」
男は言語を観月のものに切り替えながら身を躱す。そして左手を伸ばすと、残念だが、と呟いた。
「そんな目くらましなど、俺には通用しない」
「――ッ!」
風を切るように、男の左手が振り下ろされる。小さな呻き声が聞こえ、詩音が額を押さえてしゃがみ込む。
「次は誰だ?」
挑発するような言い回しで、奴はわたしたちを眺めた。漣と要がじりじりと距離を詰めるのを認識しながら、わたしの思考はぐるぐると暗く淀んでいく。
あの男はわたしを探していたようだ。……わたしが〈九十九月〉にいなければ、第一班の面々も千波も詩音も、傷つかなくて済んだのだろうか。
「……わたしが、いなければ……」
「音島」
沈殿する思考を切り裂いて、掠れたアルトが聞こえた。荒く呼吸を繰り返しながら、千波が身を起こす。慌てて押しとどめようとするが、彼女は構わず立ち上がった。
「奴があの二人に意識を向けている今しかない。これを使え」
千波が示したのは、床に転がっていた異能銃。言われるがままに手を伸ばしかけて、ぴたりと止まる。……まさか、彼女がこんな重要なことを忘れているとは思えないが。
「異能銃、わたしには――」
「私の異能を模倣しろ。そうすれば使えるはずだ」
短く言葉を紡ぐと、千波は銃を拾い上げる。そしてわたしに押しつけると「早くしろ」と急かしてきた。
「で、でも、千波の異能って……調停だよね? ランクⅠの」
試射の後、彼女自身に聞いたのだ。異能銃は保持する異能の強さで威力が決まる、と。ランクⅠの異能者が扱うには難が残る武器だ、とも。
わたしが模倣した異能は、オリジナルのものより効力が弱まる。つまり、ランクⅠの異能を模倣して銃を扱ったところで威力はたかが知れているのだ。
銃を手に取ろうとしないわたしに焦れたのか、千波は小さく舌打ちする。そして「仕方ないな」と苦笑すると――辺りの光景が完全に静止した。男も、詩音や漣、要たちも。風やら何やらまでぴたりと動かない。
「ち、なみ……これは……」
「五秒だけ時間を止められる。チャンスは今だけだ――音島、私の『時間操作』を模倣しろ」
言われるがまま、千波に――彼女の異能に意識を向ける。全身に冷ややかな力が巡るのを感じた。……異能模倣、成功だ。
残り一秒で銃を構え、時間が動き出すのを確認して弾丸を放つ。弾は赤紫色の光を纏い、侵入者の肩スレスレを通過した。男が目を見開くのが見える。
「これ以上ここを荒らすなら容赦しない。次は命中させるから」
「……ッ」
警告すると、侵入者は撤退を選んだようだった。ぐっと唇を噛みながらわたしを見つめ、そして窓から飛び降りる。急いで窓際に駆け寄るも――既に男の姿はなかった。
「……どうにか、なった、な……」
「千波さん!」
安堵したように笑った千波が床に崩れ落ちる。漣が支えるも、ぐったりした彼女に意識はない。
要は詩音を介助しながら「医務室へ連絡しましょう」と提案してきた。
「その必要はない。貴様らが次に向かうのは異能審問会だ」
クツクツと、不快な笑い声と足音が耳に届く。要が眉間に皺を寄せて口にした名前は、彼の叔父――水沢家の当主代行、四大幹部の一人――のものだった。
「異能審問会って何?」
「ここの代表と四大幹部が開く、異能者の最終審判……と呼ばれています」
要は表情を変えることなく吐き捨てる。要するに、言葉通りの場ではないのだろう。嫌な予感しかしない。
「わたしたちは侵入者を追い払っただけなのに、その何とかってやつに行かなきゃいけないの?」
「規則は規則だ。貴様らに拒否権はない」
どれだけ疑問や不満を述べようとも、結論は変えられなさそうだ。わたしは漣と要に尋ねる。
「異能審問会って、おやつとか出る?」
「仮におやつが出たら喜んで参加するの? 律月さんは」
「参加してあげてもいいかな」
「……まぁ、この状況でふざけられる余裕があるなら心配は無用ですかね」
二人は顔を見合わせて苦笑した。そして幹部の男に千波と詩音の治療を優先させるよう依頼する。
「いくら気に食わない人間であろうとも、見殺しにはしませんよね?」
「……当然だ。だが、治療を終えたらすぐに審問会を開くぞ」
「つまり、治療が完了するまで審問会は開かない、と。……言質は取りましたよ」
要の言葉に、男が苦虫を噛み潰したような顔をした。それでも発言は撤回されない。人命が優先なのは当然だろう、と吐き捨てる声が聞こえた。




