衝突、白藍の侵入者
「第一班が……?」
「本当? ……なんて、愚問か」
詩音と漣が千波に駆け寄る。要は無言のまま、懐から何かを取り出した。
「要、お前はまたそんなので戦うつもりか」
「護身になります。それに、異能を駆使すれば十分武器としての役割を果たしますよ」
「はぁ……。音島、お前は私たちの後ろにいろよ」
「え、なんで」
思わず聞き返すと、千波は呆れた顔のまま「戦闘手段がないだろうが」と吐き出す。
「要は金属を操る異能とあのペーパーナイフがあるし、私には異能銃がある。戦闘手段がないとは言っても詩音と漣は体術ができるが、お前はそういうわけでもない」
「……わかった。どうしようもなくなったら助けを呼びに走るね」
「え、縁起でもない……!」
詩音は悲鳴を上げながらも「お願いするね」とわたしに向き直った。任せてほしいと大きく頷く。
「行くぞ」
千波のかけ声で、わたしたちは六階――〈弓張月〉第一班の拠点へと向かった。
「うわぁ……」
「……大惨事、ですね」
漣と要が呟く。階段を駆け下りた瞬間、目の前に広がっていたのはまさしく「惨状」だった。
普段は磨き上げられているのであろう床は誰かの血で部分的に赤く染まり、どこからともなく痛みに呻くような声が聞こえてくる。
「先に進むが、警戒は怠るなよ」
潜めた声で千波が指示を出す。わたしたちは揃って頷き、侵入者の姿を探した。
第一班の部屋には誰もいない。第二班の部屋も無人。小部屋やトイレまでくまなく捜索したものの、侵入者の影も形も見当たらない。
「見つからないなぁ……」
「むしろ大声出した方が見つかるんじゃない?」
「そんな方法で出てくるような雑な奴が、ここまで凄腕とは思えないんだけどなー」
一応、この人たちも戦闘のプロだからね? 漣が声を潜めたまま器用に苦笑する。わたしは肩をすくめた。
「それもそっか。じゃあ――」
言葉の途中で口を閉ざす。……何か、強烈な違和感を覚えたのだ。そこにあるはずのないものが無理やりねじ込まれているような、としか形容できないが、明確に何かがおかしい。
「……ここ、何か変なものがある」
曖昧な言葉でしか注意を促せないのがもどかしいが、しないよりマシだ。自分に言い聞かせて言葉を発する。幸いなことに、四人は馬鹿にする様子もなく警戒を強めていた。
「音島、どこがどう『変』かはわかるか?」
「わからない。けど――」
「ッ、危ない!」
詩音の声に振り向く余裕すらなく、わたしの目の前で千波が倒れる。いわゆる「スローモーションのような」光景ではない。ごく普通の日常生活、その一コマのようにあっけなく彼女は地に伏した。
「千波さん……!」
漣が千波に駆け寄る。一方、要は虚空へ向けてペーパーナイフを投擲していた。何にも当たることなく床へ落下するはずのそれは、不自然に宙で固まる。
「そこにいるのは把握している。姿を見せろ」
怒りを無理やり抑え込んだ声で、要が「何か」に声をかけた。ナイフの周囲の空間が歪む。
「え……?」
姿を現したのは、確かに「律月さんにそっくり」な人物だった。異なるのは見た目の性別と、前髪で隠された目の左右だけ。
わたしによく似た男が口を開く。その言葉は観月の言語と似ても似つかないもの。文法も単語も聞いたことのないものである。
それなのに。わたしの耳は、男が何を言ったのかを理解した。……理解、できてしまったのだ。この男が「無事でよかった」と安堵した気配まで、認識できてしまった。
「……音島さん?」
硬直するわたしに気がついたのか、詩音が声をかけてくる。しかし、それに反応できる余裕もない。
男の言葉は続く。ここにいたのか、ずいぶん探し回った。迷子を探していたかのように、わたしへ語りかけてくる。
「……わ、たしは、あんたなんて知らない……!」
未知への恐怖。そんな言葉が脳裏で踊った。恐怖で締まる喉を必死に働かせ、不気味な男へ反抗する。言葉だけの、何の力もない反抗だ。
「律月さん」
「知らない、わたしは、何も覚えてない……!」
誰かが呼ぶ声を遮るように、耳を押さえてうずくまる。知らない、わからない、覚えてない。そんな言葉を繰り返しながら。
わたしの抵抗の隙間を縫うように、男が息をつく音が聞こえた。そうか、残念だ。そんな異国の言葉も。
「――音島さんッ!」
キィン、金属質の何かがぶつかり合う音が頭上で響く。右足のすぐそばに細身のナイフが落ちてきて、床に突き刺さった。
「何をぼんやりしているのですか、危ないでしょう!」
「……あ」
要の怒鳴り声で我に返る。そうだ。今わたしがするべきことは、全てを遮断して丸くなることではない。目の前の侵入者を追い返すことだ。
ゆっくりと、意識して足に力を込める。折れるものか、と決意を抱き立ち上がった。
「……あんたが誰かは知らない。でも、ここの人たちを傷つけた責任は取ってもらう」
わたしの言葉を聞いた男は、一瞬悲しそうに目を伏せる。しかし次の瞬間には、その瞳に敵意を宿していた。