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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第二章 弓張月
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黄昏、招かれざる客

 異能銃の試し撃ち――わたしには扱えなかったが――から一週間が経過した。その間は特に目立った事件もなく、第四班の面々とやいやい言い合うだけの日々である。


「音島さん、このミスをするのは何度目か覚えていらっしゃいますか?」

「……反省してる」

「人間、口だけなら何とでも言えます。……あぁ、もしやあなたは人間ではない、と?」

「は?」


 聞き捨てならない台詞が聞こえた。思い切り要を睨みつける。しかし奴は気にした様子もなく「鳥だと言うのであれば頷けます」と嫌な笑みを浮かべた。


「三歩歩けば忘れる……というのであれば、私が譲歩しましょう」

「……わかった。要、表に出て」

「はいはい! 二人とも、喧嘩しないの!」


 いがみ合うわたしたちの間に詩音が割って入る。この流れももうお決まりになってしまった。彼女には申し訳ないと思うが、要を相手に我慢なんてしたくない。


「要の方が悪い」

「たとえそうだったとしても、挑発に乗ったら駄目だよ」


 わたしが詩音に窘められている後方では、漣が呑気に雑誌を読みふけっている。そして「頑張れー」なんて気のない応援を送ってきた。


「……じゃあ、詩音に免じて今回は許してあげる」

「音島さんがミスをしなければ、浜村さんが仲裁に入ることもなかったのですがね」

「水沢くん?」


 笑顔を引きつらせた詩音が要を呼ぶ。奴はそれ以上何かを言うことなく口を閉ざした。


「それよりさー、千波さんは今日も戻ってこないのかな」


 言い争いには微塵も興味を示していなかった漣は、相変わらず無関心そうに話題を変える。わたしたちは顔を見合わせた。

 千波は、ここ三日ほど第四班に顔を出していない。千秋の補佐をしているのか、それすらわからない状態だ。


「まぁ戻ってこられないならそれでもいいんだけどね。急ぎで報告するようなこともないし」

「それはそうかもしれないけど……」


 詩音が口ごもる。彼女はこの班の「お姉さん」と自称していて、何かと難のある面々を気にかけてくれるのだ。きっと今も千波のことを心配しているに違いない。


「浜村さんが心配するのも理解できますが、あの人も立派な成人です。一人でどうにでもできるでしょう」

「そう、そうなんだけどね、何でも一人でやっちゃうから心配っていうかさ……」

「いい人だね、詩音さんって」


 雑談で暇を潰していたわたしたちの動きが、一瞬止まる。……窓の外に、何か――いや、誰かがいるのだ。

 無言で目配せをし、漣が異能を発動した。ランクⅠの視覚強化であっても、不審者の容貌を把握するには十分役に立つ。


「……え?」

「薬師川くん?」


 漣の口から漏れたのは、小さな小さな驚きの声。何だかんだ肝の据わっている彼が発することのない声色だった。


「ねぇ漣、何がわかったの」

「いや、ちょっと待って……え? そんなことある……?」


 わたしの問いかけに答えないまま、漣は再び異能を発動させる。眉間に皺が寄るほど細められた目で、彼は何を見たのだろう。

 数分後、漣はようやく口を開いた。なぜかわたしから目を逸らした状態で。


「……律月さんって、双子の兄弟とかいる?」

「いない……と思うけど。というかなんで変なとこ見てるの」

「いや……その、落ち着いて聞いてね」


  普段の彼からは想像もつかないほど戸惑った様子である。漣は何度か深呼吸を繰り返し、やがて意を決したように口を開いた。


「今の不審者、律月さんにそっくりだったんだ」

「は……?」


 わたしが間の抜けた声を発すると同時に、遠くからガラスが割れるような音が聞こえる。耳をつんざくような悲鳴も。


「な、何事っ?」

「他の班に確認いたします」


 詩音が慌てたように立ち上がるのを手で制し、要が駆け出す。わたしたちはそれを見送り、念のために窓から距離を取った。


「……漣」

「何?」

「さっき、不審者がわたしにそっくりって言ってたよね。具体的にはどの辺がそっくりだったの?」


 周囲を警戒しながら問いかけると、漣は「んー」と腕を組む。それでも視線は窓の外に向けられたままだ。


「……髪型とか髪の色? 具体的じゃなくてもいいなら雰囲気って答えるけど」

「それだけ?」


 思わず呆れる。その程度で「そっくり」と言われても。

 しかし、漣は「それだけじゃないんだけど、うまく説明できない」と頭を掻いた。


「ちゃんとこの目で見たはずなのに、妙に記憶が朧気で……何なんだろうねー」

「いや知らないけど……」


 まさか、その不審者が記憶に干渉できるわけでもないだろう。一瞬脳裏をよぎった緩い三つ編みの男を追い出しつつ首を振る。


「戻りました」


 わずかに呼吸を乱した要が戻ってきた。わたしたちはすぐさま状況を尋ねる。


「侵入者がいるそうです。現在第一班が対応に当たっています」

「俺たちの手は必要そう?」

「……いえ。今のところ、我々が動く必要はなさそうです」

「じゃあしばらく待機かな。一応私から大崎さんに連絡してみる」


 三人は素早く対応を協議していた。わたしはそれを漫然と眺める。口を挟む余地すらなかったのだ。

 詩音が千波へ連絡し、漣が外を監視する。そして要は「いつ助けを求められてもいいように」と内線前に陣取った。


「わたしは何すればいい?」

「あなたは何もしなくて構いません。むしろ余計なことをしないでください」


 またか。前も似たようなことを言われた気がする。不満の一つでもぶつけたいところだが、さすがに今は自重しよう。

 緊張感からか、時間感覚が狂っているのを感じる。数十分――実際は数分程度かもしれないが――後、千波が「お前たち!」と声を張り上げて部屋に飛び込んできた。


「行くぞ。第一班が半壊したらしい」

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