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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第二章 弓張月
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迷走、新たなる道

「……もう朝……?」


 ずーんと重い瞼を開ける。時刻は午前七時。眠れないまま夜を明かしてしまったようだ。

 ふらつきながら身支度を調える。鏡に映るわたしの顔は、笑ってしまうくらい酷いものだった。


「……眠」


 小さく呟き、わたしは部屋を後にする。あくびをしながら本部へと向かっていると、箱のような何かを重そうに運搬している棗に遭遇した。見て見ぬフリをするわけにもいかず、小さく声をかける。


「大変そうだね」

「音島か。暇なら手伝え」

「ちょうど歩くのに忙しいから無理」


 断った瞬間に箱を持たされた。重い。よろけたわたしを一瞥した棗は「行くぞ」と言い捨てて先に進んでしまう。


「どこに持って行くのかくらい教えてよ」

「訓練場。別棟の」

「めんどくさ……」


 ぶつぶつ文句を吐き出しながらも、渋々言われた通りの場所に運搬する。見慣れない訓練場には多くの人がいて、わたしたちが足を踏み入れた途端一斉にこちらを向いた。思わず身を引く。


「萩原、こっちに持ってきてくれ」


 見知らぬ男性が棗を呼びつけた。わたしも半ば引きずるようにして箱を運ぶ。

 箱を男性に引き渡すと、彼はさらに何人かを呼び寄せて中身を広げ始めた。厳めしく硬質な部品がいくつも出てくる。


「組み立て方はわかるな? (さかえ)と一緒に組み立てておいてくれ。こっちは〈弓張月〉の連中へ説明するから」

「……」


 棗は栄と呼ばれた少女と共に作業を始めた。二人の間に会話は全くない。気になりはするものの、わたしは男性と共に〈弓張月〉の面々が集う区画へと向かった。


「……どうしてお前が荷物運搬をしているんだ、音島」

「わたしが知りたい」


 困惑している様子の千波に返し、男性の話に耳を傾ける。どうやら、ここに集う人々は全員補助系の異能者らしい。どうりで要の姿がないわけだ。


「我々〈三日月〉の力を結集して作られたのが、この異能銃だ。これを使えば、視覚強化や調停の異能者でも自己防衛ができる」


 朗々とした声が異能銃とやらの機構を語る。それを右から左へ聞き流していると、遠くで作業を進めている棗と目が合った。すぅっと細められた目は確実に「話を聞け」と主張している。

 仕方がない、真面目に話を聞くとしよう。男性の説明に意識を戻す。


「――体内に宿る異能エネルギーを弾丸として出力し、そして――」


 ふむふむ、なるほどわからない。理解を諦めて意識を遠くへと飛ばした。今日の昼食は何にしようか……。


「では、さっそく実践してもらいたい。大崎」

「はい」


 千波が男性に呼ばれる声で我に返る。彼女は手渡された異能銃をまじまじと観察し、やがて小さく頷いた。集まっていた面々が次々に離れていく。

 緊張が高まっていく室内に、千波が息をつく音が響いた。そして、次の瞬間。


「――撃つ」


 ダァンッ、と銃声が轟く。銃口から発射されたのは、非現実的な光の弾丸だ。蛍光色のような、レーザー光のような、しかしどちらともつかない美しさを持った輝きが――設置された的を射貫いた。


「すっげぇ……」


 誰かが感嘆する声が聞こえる。しかし千波はその声を気にするそぶりも見せず、銃を男性に返却していた。


「よし、想定通りの出力だな。他の面々にも試射を頼みたい」


 男性の言葉を皮切りに、辺りが困惑でざわめく。銃なんて撃ったことないぞ、とうろたえる人々の中、誰かがすっと手を挙げた。


「誰も立候補しないのであれば、私が」


 その声は穏やかなテノール。怜悧な印象を受ける顔に柔和な笑みを浮かべた男性が、右手を挙げたまま一歩前に出る。


「構いませんか?」

「……あ、あぁ……」


 異能銃を受け取ったその人は、銃身を軽く撫でると即座に構えた。一瞬で驚愕が伝播していく。


「さ、実原(さねはら)さん?」

「これを撃つのでしょう? ほら、離れて」


 言われるがままに距離を取ると、実原と呼ばれた男性はすぐさま引き金を引いた。先ほどと同じように轟音が響く。

 光の弾丸は的の中央をわずかに外れた位置を穿った。実原は小さく首を捻りながら銃を返却する。


「思っていたよりも狙いが逸れますね……。ありがとうございました」

「……いや、こちらこそ……」


 銃を受け取った男性は、唖然とするわたしたちに向き直った。そしてわたしたちそっくりな表情で「次は誰が?」と問いかけてくる。


「……じゃ、じゃあ僕が……」


 じゃんけんに負けたと思しき男性が恐る恐る手を挙げた。その顔は恐れと緊張でひどく強張っている。震える手が構えた銃は、弾丸をあらぬ方向へと放つ。


「あれは……」


 下手だな。そう思ってから慌てて撤回した。今日初めて見せられた武器を扱える千波や実原が異常なのだ。恐らくわたしも、的に当たればラッキーな方だろう。


「あれじゃ当たんないよね。変に力入っちゃってるし」

「え……?」


 突然、横から声がした。振り向くと、そこにいたのは。


「……誰」


 見覚えのない男性だった。

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