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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第二章 弓張月
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崩落、信頼の行く末

「……それを、わたしに信じろって言うの?」


 思い切り顔を顰めて聞き返す。真砂は緩やかに首を振った。


「信じる信じないの問題ではありません。私は事実を述べたまでですので」


 では失礼いたします。唖然とするわたしと詩音には見向きもせず、真砂が退室する。残されたわたしたちには顔を見合わせることしかできなかった。

 数分にも及ぶ沈黙の末、詩音が口を開く。しかし言葉を発することはなく、ただ掠れた息を吐き出すだけだった。


「……詩音、今の話は秘密にしておこう」


 わたしの言葉に頷きかけた彼女だが、途中で首を右に傾ける。訝しむような顔には「不安」の二文字がありありと浮かんでいた。


「音島さんなら、あの話を一蹴すると思ったけど」

「……」


 詩音からの指摘に、否定も肯定も返せない。昨日までのわたしなら鼻で笑い飛ばせたかもしれないが、今のわたしには「真っ赤な嘘」と断言しきれない理由があった。


『私たちは、……お前を利用するために保護したんだ』


 千波の言葉が脳内でリフレインする。もし、あの兄妹が「この組織を壊すための手段」としてわたしを保護したとしたら。果たして彼らの指示に従うことは正しいのだろうか?


「戻ったよー……って、二人とも何してるの?」


 不思議そうな漣の声が耳に届く。はっと我に返り、ぎこちなく笑いながら「何でもない」と誤魔化した。


「そっか」


 明らかに不審なわたしたちを追及することなく漣が微笑む。誤魔化されてくれたのだろうか。……いや、深く突っ込むのが面倒なだけだろうな。勝手に納得する。

 続いて千波と要も戻ってきて、わたしたちは蒔かれた疑惑の種に土を被せて覆い隠した。


「ねぇ、昼間の話どう思う?」


 寮に戻るなり、詩音がそう切り出す。わたしは「どう、って?」と曖昧に返した。


「真砂さんが言ってたこと、本当だと思う? 正直信じられないんだけど……」

「……信じられない。というか、信じたくない」


 初対面の女の言葉に踊らされたくはないが、あの二人を完全に信頼できるほどの付き合いもない。わたしは誰を信じればいいのだろう。

 本心を吐露すると、詩音は「私も」と苦笑した。


「大崎さん……あ、千波さんの方ね。あの人は『組織の破壊』とかしないと思うんだ。他の誰かが不幸になるような選択をしない人だから」

「信頼してるんだね」

「信頼っていうか……うーん、経験則? 一緒に仕事してたら嫌でもわかるよ」


 遠い目をする詩音の姿に、これまでの苦労が見える気がする。常識人のように見える千波だが、意外とそうでもないのかもしれない。

 わたしの想像は大きく外れていないようで、詩音は過去に千波が「やらかした」ことを教えてくれた。自己犠牲と紙一重の人助け、その顛末を。


「人質を救出したのはいいんだけど、大崎さん本人は大怪我しててさ。あのときは大変だったなぁ……」


 後処理も、報告も。詩音が乾いた笑いを漏らす。相当大変だったようだ。


「って、そんな話はいいか。今考えるべきは真砂さんの話だもんね」

「そういえばそうだった」

「忘れてたの……?」


 詩音が戸惑ったようにわたしを見る。ちょっとした冗談のつもりだったのだが、どうやら伝わっていないらしい。わたしは「忘れてないよ」と弁明した。


「本当に?」

「もちろん。わたし、嘘はつかない」

「……そっか。じゃあ正直者の音島さん、あなたから見て大崎さんたちはどんな人?」


 どんな人、か。腕組みして思案する。出会って日が浅いわたしが見た二人は。


「……お互いを守るためなら、どんなことでもしそう」


 これに尽きる。二人にしか理解できない絆のようなものがあって、それを揺るがす者を拒んでいるように見えるのだ。

 黙ったまま続きを促す詩音に、わたしは考えうる可能性を口にした。


「もし〈九十九月〉が邪魔になったとしたら、あの二人が組織の破壊を目論んでもおかしくないと思う」

「邪魔になるって、例えばどんな風に?」

「それは……わからないけど」


 もごもごと口の中で言葉を転がす。他人の思考回路なんて、出会って一週間やそこらで理解できるわけがない。千秋のような性格であれば尚更。

 結局のところ、わたしが口にした可能性は根拠のない憶測だ。にも関わらず、詩音は一切笑うことなく耳を傾けてくれた。言葉尻を霧散させたわたしを咎めることなく「なるほどなぁ」と頷く。


「まぁ、その人が何考えてるかなんて本人にしかわからないよね」


 詩音が苦笑する。そして「よしっ」と何かを決意したような声を発した。


「私は自分が信じたいものを信じる! もし真砂さんの言うことが正しかったとしても、それはそのとき考えよう!」

「おおー」


 ぱちぱちぱち。拍手をすると、詩音はわたしをじっと見た。思わず首を傾げる。


「何?」

「音島さんもだよ。いざとなったら自分の勘を信じるの。恩とかそんなのは二の次にして、ね」

「ふーん……?」


 正直よくわからない。素直にそう告げると、彼女は「最終的に信頼していいのは自分だけってことだよ」と笑った。

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