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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第二章 弓張月
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音島律月の拠り所

「……骨を埋める、か」


 小さく呟く。わたしはいつまで〈九十九月〉にいられるのだろうか。

 記憶を取り戻したいわけではない。だが、記憶がないせいで他の人たちに迷惑をかけてしまうのは嫌だ。


「うーん……」

「難しい顔してどうしたの? 律月さんにも悩み事があるとか?」

「わたしが悩みのない脳天気人間みたいな言い方やめて」

「違うの?」


 失礼な。幾分か冷ややかな目を向ける。漣は気にするそぶりもなくひらひらと手を振った。


「ま、何でもいいけどね。俺は悩み相談とか受け付けてないんで」

「ちょっと、どこ行くつもり」

「第二班に呼び出されたから行ってくるんだよ。他の三人が戻ってきたらそう説明しといてねー」


 そう言い放つや否や、漣が席を立って去っていく。わたしは見送ることもせずデスクに突っ伏した。

 正直、漣の言葉は予想外だ。わたしはこの組織で一生過ごすことなんて考えていなかった。


「まだまだ若いだろうに……」

「おーい、まだ業務時間だよー! 誰も見てないからって昼寝しないでー!」


 ゆさゆさ……いや、ガクガクと揺さぶられる。わたしは慌てて頭を起こし、起きていることを主張した。起きているから揺さぶるのをやめてくれ、と。

 頭を上げると、わたしを揺さぶっていた手が離れていく。手の主は詩音だった。


「よし、起きたね。暇ならこっちを手伝ってほしいな」


 渡されたのは黒い端末。棗に渡されたものと同じだ。電源を入れ、彼女の指示通りにパスコードを入力した。

 表示された文書に目を通し、不備がないかを確認する。それが詩音に頼まれた「手伝い」だった。ざっと五十くらいはあるだろう文書の全てを今日中に確認しなければならないらしい。


「……詩音はどうしてこの仕事を?」


 画面から目を離すことなく尋ねる。彼女も作業を止めずに「どうして、って?」と聞き返してきた。


「この作業のこと? 頼まれたからだけど……」

「そうじゃなくて。なんで詩音が〈九十九月〉に入ったのか、それが聞きたい」

「んー……」


 詩音は手を止めて考え込む。数秒の後に作業を再開した彼女は、大した理由じゃないよ、と笑った。


「そこそこ給料と休日がありそうだったから」

「それだけ?」

「うん。強い正義感もないし、異能者の将来について真剣に考えてるわけでもないんだよね」


 がっかりした? 試すような詩音の言葉に首を振る。働く理由なんて人それぞれだろう。他人であるわたしが失望する権利はない。


「むしろ私は、なんで音島さんがここに来ることになったのかが知りたいな」

「記憶喪失で行く当てがないから」

「さらっとすごいこと言ったね……。音島さんが記憶喪失なんて初耳だよ」


 千秋から任された密偵の仕事については伏せつつ、今までのことをざっと説明する。詩音はところどころで相槌を入れながら面白そうに話を聞いてくれた。


「そっか、萩原さんってそんなに厳しいんだ」

「あれはもう鬼だよ、鬼」


 時折棗や要への文句を織り交ぜ、先ほど漣と話した内容まで伝える。彼が結に対してプラスとは言いがたい感情を抱えていることも。


「骨を埋めるとか埋めないとか、そんな話で喧嘩みたいになって……」

「え、私今犯罪に巻き込まれかけてる?」


 詩音が顔を引きつらせた。わたしは言葉選びを間違えたらしい。慌てて「ずっとここで働くか、ってこと」と訂正した。


「わたしには漣みたいな覚悟もないし、そもそもずっとここにいられる保証もないし。こんな適当な気持ちで働いてていいのか……」

「不安になった?」


 無言で頷く。詩音は「んー……」と考え込むような仕草を見せたが、直後ににこりと笑った。


「みんなそんなものじゃない?」

「……は?」


 何を言っているのだろう、この人は。思わず怪訝な顔で詩音を見やる。彼女はわたしに構うことなく立ち上がった。


「適当に働いてる人なんていっぱいいると思うよ。現に私だってそうだし。気にしたら負け、ってね!」

「……でも、わたしは千秋と千波に助けてもらった恩を返さないと」

「それも十分立派な動機でしょ。無理しない範囲で二人に恩返しすればいいんだよ」

「そっか」


 普段通りの表情でふむふむと頷く。しかし、わたしは内心安堵していた。もやもやと胸中を覆っていた霧が晴れたような、さまよい歩いていた樹海で道標を見つけたような、そんな安心感だ。

 わたしは詩音同様に立ち上がり、拳を高々と掲げた。


「目指すは千秋と千波の両腕。頑張るぞー」

「張り切るねぇ。私も応援するよ!」


「――失礼いたします」


 にわかに盛り上がるわたしたちの空気を切り裂くような、冷たく鋭い声が耳に届く。振り向くと、そこには小柄な女性が立っていた。ともすれば結や七彩と同じ年頃の少女にも見えるほどあどけない容貌に警戒を滲ませながら、彼女はわたしに接近してくる。


「あなた、音島律月さんですよね。少々お時間を頂いても?」

「……別にいいけど」


 その前に名乗ってもらえないだろうか。そんな不満を抱きつつ同意する。女性に促されるまま退室しようとしたわたしを、詩音が呼び止めた。


「音島さん、ちょっと待って! 真砂(まさご)さんも!」


 詩音に「真砂」と呼ばれた女性はぴたりと足を止め、大きなため息をつく。不愉快そうな顔を隠しもせず振り向くと、何か、と吐き捨てた。


「この場で話せない内容なら時間を変えてほしいな。音島さんにはまだお願いしてる仕事があるから」

「……では、手短にお伝えいたします」


 女性はわたしたちを見据え、一呼吸置いて口を開く。――忠告です、と。


「大崎家のご兄妹を信用しないように。……彼らは、この組織を破壊しようとしています」

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