第四班、前途多難
「戻ったぞ」
入室早々、千波が声を上げる。おかえりなさい、返ってきた声は二つだった。
「お、新人さんだ。遊撃班へようこそ、俺は薬師川漣って言うんだ」
声のうちの一つ、軽やかなテノールが名乗る。視線を向けると、丁寧にセットされているであろうエアリーヘアの男性が右手を挙げていた。
「わたしは音島律月。よろしく」
「よろしく、音島……さん? 律月さん? それとも別の呼び方がいい?」
「漣が呼びたいように呼べばいい。何ならニックネームつけてくれてもいいよ」
冗談めかして言うと、漣は「了解」と笑う。明日までに考えておくよ、と。
「そういや千波さん、要くんが第三班に借りられていったよ。あの……えーっと、元気な人に……」
「そんな説明でわかるわけがないだろう」
適当な説明へ突っ込む千波に、詩音が「富多さんが来たんですよ」と補足する。
第三班、とは一体どんな役割を担う集団なのだろう。第一班は不法異能者の摘発で、ここ第四班が遊撃という名の雑用。つまりそれ以外の役割……というところまで考え、わたしは諦めた。正解を尋ねることにしたのだ。
「ねぇ千波……、いや漣でも詩音でもいいんだけど。一つ聞いてもいい?」
「ん、俺が答えるよ。千波さんと詩音さんは他に呼ばれてるでしょ、いってらっしゃい」
「うわ、そうだった! ありがとう薬師川くん、すっかり忘れてたよ!」
詩音がバタバタと去っていく。それに続けて千波も席を外し、室内にはわたしと漣だけが残った。
「それで、律月さんは何が聞きたいのかな」
首を傾げる漣は微笑んでいるが、その視線は柔和なものではない。ひどく冷めた目をして、気だるそうにわたしを見ている。
あからさまに怠惰を目に宿しているのに、気づかれないとでも思っているのだろうか。それとも、気づかれても構わないのか。わからない。わからないが、この人物が見た目ほど優しい性格ではないことだけは理解した。
「……第三班の役割について聞きたいんだけど」
いろいろと問い質したい気持ちをぐっと堪え、わたしは一番聞きたいことを尋ねる。今日が初対面の相手と不用意に敵対するのは気が引けたのだ。なお、あの水沢要とかいう野郎は例外とする。
わたしの問いかけに、漣は細く息を吐き出した。そこからか、そんな呟きも聞こえる。
「第三班は、言ってしまえば裏方だね。現場に出向くわけじゃなくて、通報を受けたり報告書を取りまとめたり……そんな役割を担っている」
「ふーん……」
「ついでに第二班は異能者の保護を、第一班は不法異能者の摘発を担ってるよ。他に質問は?」
「今のところはない。ありがとう」
どういたしまして。漣が笑う。それをどこまで信じていいのか測りかねたわたしは、無言で彼を見つめた。
「何か?」
「……何でもない」
「そう?」
漣は肩をすくめると口を閉ざす。それは「これ以上会話を続ける気はない」と宣言しているようで、わたしも黙り込んでしまう。
生真面目なリーダー、不遜で慇懃無礼な少年、怠惰が見え隠れする男性。詩音に関してはまだわからないものの、ここは玲たちの班のような「全員仲良し」という空気ではないのだろう。連携が重要な班と単独で行動する班の違いかもしれないが。
わたしはここでうまくやっていけるのだろうか。千波はともかく詩音は未知数で、漣は内面をわたしに明かそうとしないだろう。そして――水沢要は親しくする気がない。向こうにその気があったとしてもわたしが嫌だ。
「前途多難……」
「大きな独り言ですね」
嘆息しながら呟いた言葉に反応を返され、わたしは吐き出した息を呑む。いつの間にか漣はいなくなっていて、その代わりのように水沢要が戻ってきていた。げっ、と顔を顰める。
「面白い顔をされていますね。何か楽しいことでも?」
「わかってて言ってるなら本当に性格悪いね、あんた」
じとり、細めた目を向けた。相手も同じような目つきでわたしを見ていて、視線がぶつかったところに火花が散る。
「……本当に、どうして大崎の方々は……」
「大崎が何」
わたしを見つめ、呆れたように首を振る水沢要。聞き捨てならない言葉に食いつくと、奴はこちらから視線を逸らすことなく続ける。
「どうしてあなたを信用することにしたのでしょうね。彼らは何を期待して、あなたに名前と居場所を与えたのか……」
知りたいとは思いませんか? 水沢要が口元を歪めながら言った。
「……何が言いたいの」
顰めた顔をそのままに、わたしは一歩後ずさる。しかし奴は気にした様子もなく「私は構いませんがね」と嗤う。
「あなたが何をしようとも、あなたが誰に味方しようとも。……敵になるなら潰すだけなのですから」