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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第二章 弓張月
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会議室、不遜の裏

 パタン、ドアが閉まる。部屋の外から聞こえる足音が遠ざかったことを確認し、千波が息をついた。


「IDカードの件を聞きたい気持ちは山々だが、その前に私から話がある」

「……何」


 わたしは不機嫌を声に乗せて聞き返す。千波は「気持ちはわかるが」などと言いながら椅子に腰掛けた。


「暴力沙汰は起こさないでくれよ、あれでもあいつは〈五家〉の人間なんだから」


 面倒な奴らに餌をやりたくない。彼女は頭痛を堪えるような顔をして言う。わたしは渋々怒りを飲み込むことにした。一応千波は恩人なのだ、彼女の不利益になるようなことはしたくない。


「そうなの? その割には……何というか、リーダーとかしてないんだね」


 代わりというわけでもないが、わたしは千波に疑問を呈した。今まで出会った〈五家〉の人間は、千秋たちのような幹部か、千波や玲のように班を率いているか……その二択だったはずだ。

 曖昧にぼかした言い回しでも内容は伝わったようで、千波が「その通りだ」と頷く。


「あいつは……あいつの家は、大崎とも辻宮とも違う意味でややこしいからな」

「ふーん。それ、あの偉そうな幹部のせい? 水沢……って呼ばれてたし、多分無関係じゃないよね」

「なんだ、気づいていたのか」


 千波は肩をすくめ、それなら話が早い、と口の端をわずかに吊り上げた。本人としては笑顔を作っているつもりなのだろうか、怖いだけなのだが。


「お前の推測通り、あいつは水沢の人間だ。名前は水沢(みずさわ)(かなめ)

「へー」

「心の底から無関心そうな反応をどうも。説明を続けてもいいか?」


 もちろん。わたしは頷き、続きを促す。千波は何かを言いたそうな顔をしたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「要は水沢家の次期当主候補であり、当主代行の甥でもある」

「あ、親子ではないんだ」


 口を挟んでから、しまった、と思う。だが千波が気にした様子はなく、普段通りの表情で「あぁ」と呟くだけだった。


「……水沢家前当主の息子、でもあるんだが……。要の奴、そう言われると途端に機嫌が悪くなるんだ」

「そういうこともあるよね」

「記憶喪失なのにわかるのか?」

「多分、きっと、恐らくは……」


 自信ないけど。尻すぼみに言うと、千波は呆れた顔をしながら「恐らく、お前の理解で間違ってはないがな」と目を伏せて嘆息した。


「本人曰く『親子仲が悪い』と言えるほどの関係性すらない……だそうだ」

「……どういう意味? まさか、わたしが理解できてないだけ?」


 困惑するわたしに、千波が短く答えを告げた。――ネグレクト、たった一単語だけの解答を。


「これ以上は本人から聞いてくれ。正直、今までの内容も私が話していい内容ではないからな」


 口が滑った。千波は目を伏せる。それ以上深く尋ねるわけにもいかず、わたしは話題を変えることにした。


「ところで、仕事内容について聞いてもいい? 他の班をサポートする役割、って司は言ってたけど」

「司……? あぁ、白浜さんのことか。あの人に敬称をつけないのはお前くらいだぞ」


 お前は本当に恐れ知らずだな。千波はそう言いながらも仕事内容の説明を始めた。彼女曰く「遊撃と言えば聞こえはいいが、実際は単なる雑用」らしい。


「さすがに雑務だけというわけでもないが。まぁどれも難しい仕事ではないから安心してくれ」

「千秋にも似たようなこと言われたような気がする……」


 初日のことだ。それを信じた結果が所属先のたらい回しなのだから、その言葉を信用できるわけがない。

 目を細めると、千波は気まずそうに目を逸らした。どうやら彼女も千秋の発言を思い出したらしい。


「だ、大丈夫、のはずだ。要たちに『難しい』と文句を言われたことはないし……」

「どこまで信用していいのそれ」

「……それは」


 ぐっと言葉に詰まった千波は、とうとう誤魔化すことを選んだようだ。そんなことより、と声を張り上げて机を叩く。


「音島、お前のIDカードの話だ! あれだけ『なくすな』と言っただろうが!」

「反省してる。もうしない」


 頭を下げて「反省」をアピールすると、それ以上追及されることはなかった。二度目はないぞ、そんな言葉が低く吐き出される。


「わかってる、わたしだってわざと落としたわけじゃないし」

「……はぁ。その言葉、一応信じておく」

「一応じゃなくて完全に信じてくれてもいいよ」

「無茶を言うな」


 無茶とは何だ、無茶とは。あまりにも失礼な言い草だ。

 むくれるわたしを無視して、千波が立ち上がった。スタスタとドアまで歩き、会議室を後にしようとしている。


「とりあえず、話はこれで終わりだ。音島、お前を私たちの部屋まで案内しよう」


 その言葉に促されるまま、わたしは彼女の後に続いて会議室を出た。

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