表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第二章 弓張月
22/121

不遜な縁、再会の縁

「入れ」

「失礼いたします」


 入室してきたのは、葵と年頃の変わらなさそうな少年だった。彼は慇懃に頭を下げると、わたしに視線を向ける。その目はどこか冷え冷えとしていた。


「お前たち第四班の新人だ。案内を頼む」

「承知いたしました」


 少年はわたしの名前を尋ねることすらせずに部屋を辞す。わたしは慌てて彼の後を追いかけた。


「ね、ねぇちょっと……」

「……」


 無言、ただひたすらに無言。わたしが声をかけても、少年は一言も発することなく歩き続ける。曲がり角まで黙って歩くと、彼は足を止めて振り向いた。


「何か。用件があるのであれば手短にお願いいたします」


 絶対零度の視線が向けられる。わたしは言葉に詰まりながらも、どうにか名前を尋ねることができた。しかし、少年からの反応は――無言の拒絶だけ。


「ちょっと、名前くらい答えてくれてもいいと思うんだけど」

「時間の無駄です」


 そう言うと、彼は再び歩き始めてしまう。もう一度呼びかけるも、今度は視線すら向けてくれなかった。

 スタスタ進む少年を小走りで追いかけていると、彼は階段を上り始める。七階に到着して顔を上げると「来たな」と千波が待ち受けていた。


「……その様子、さてはまた『時間の無駄』だとか言ったんだろう。新人なんだから少し優しくしてやれ」

「配慮することで何か益があるのであれば、喜んで心を砕きますよ」


 つまり「わたしに優しくしたところで得することはない」から優しくしない、と言いたいのだろう。思わず少年を睨みつける。千波は「お前な……」と頭を押さえていた。


「無用なトラブルを起こすから態度を改めろと何度も言っているだろうが……!」

「トラブルなど、起きるときには起きるものです」

「起こさなくてもいいトラブルを起こすなと言っているんだ、いい加減理解しろ」


 その言葉に、少年はふいっと顔を背ける。千波は肩をすくめると、わたしに向き直って「悪いな」と苦笑いを浮かべた。


「こいつは実力こそあるんだが、いかんせん性格が悪くてな……。音島、我慢ならなくなったら私を呼んでくれ」

「人を問題児のように扱って……失礼だとは思わないのですか?」

「実際『問題児』だろうが。お前に関しては失礼だと思ってない」


 二人の言葉には遠慮のかけらもない。しかし悪意や敵意があるわけでもなく、親しいが故の遠慮のなさであることがひしひしと伝わってきた。

 付け加えて言うなら、わたしが口を挟む余地もない。わたしは剛速球な言葉のキャッチボールを繰り広げる二人を見守ることしかできなかった。


「大崎さん、水沢くん! 新人さんをお迎えするのにいつまで喧嘩してるつもりですかっ!」


 ぽかんとしているわたしの耳に、どこかで聞いた覚えのある女性の声が届く。ツカツカと足音が近づいてきて、二人の肩をポンと叩いた。


「ほら、新人さんが困ってますよ。喧嘩は中止してさっさと挨拶してくださいね」

「すまない……」

「……」


 女性の叱責に二人が目を逸らす。小さな子供のような仕草を目にした女性が困ったように笑い、そしてわたしに「ごめんなさい」と声をかけてきた。


「仲がいいのか悪いのか、二人ともすぐに話を脱線させてしまうんです。新人さん、私がご案内しますね」

「お願い……しま、す?」

「ふふ、無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ。私もそれに合わせて話しますし」


 わかった、と頷くと、女性はにっこり笑う。明るい笑みだ。太陽のような、とでも形容できそうなほど明るい。


「自己紹介が遅くなりましたね。私は浜村詩音、第四班の連絡係……みたいなものです」

「ありがとう。わたしは音島律月、……ん?」


 彼女の名前に引っかかりを覚え、わたしは首を傾げる。浜村、はまむら……どこかで聞き覚えのある名前だ。

 しばらく考えて、ようやく引っかかりの正体に思い至った。


「浜村って、隣の部屋の人?」

「隣? ……あぁ、寮の話かぁ」


 そういえばそうだったね。彼女は敬語を取り払って笑う。IDカードを拾って届けたこともあったっけ、と続けた。


「あのときは本当に助かった。貰ったその日になくしてたら千波に怒られてたと思う」

「難を逃れたようで何よりです、なーんてね。次は気をつけるように!」


 詩音の指摘に頷いた途端、背後から不穏な気配を感じる。視線だけを動かすと、千波の表情が消えていた。無表情そのものだ。その隣にいる少年の顔は……読めない。読み取れるほど親しくもない。


「音島……? 今の話、詳しく聞かせてもらおうか」


 ガシッ、と肩を掴まれる。同時に鼻で笑うような音が聞こえた。横にいる詩音は苦笑しているだけだし、千波の表情に笑顔のかけらもない。となると、今の音の発生源は――。


「大崎さんがあなたに興味津々のようで。どうぞお好きに語らってください」


 少年が嘲笑しながら部屋を示す。その表情は、いつか見た四大幹部のものと瓜二つ。腹立たしいことこの上ない。


「……あんた、後で絶対後悔させるから……!」

「言葉の意味を重複させている人間に何を言われても響きませんよ」

「この……っ」

「喧嘩をするな。音島、お前はこっちだ」


 あの野郎、絶対ぶん殴る。一歩踏み出したわたしだったが、千波に首根っこを掴まれた挙げ句「会議室」と書かれた部屋へと引きずり込まれてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ