緊迫、異能攻防戦
「は……?」
涼歌が呆然と呟く。わたしたちは困惑しながら顔を見合わせた。
「何を言ったんだアイツは……」
「つーわけで〈三日月〉諸君には可及的速やかに俺たちの支援をしてもらう」
「わかりました。念のため、容疑者や障害物などを確認しても?」
「もちろん」
玲が七彩に目配せする。七彩は頷いて、倉庫を凝視した。
「……カゴ車、って言うのかな。あれをバリケードにしてる。容疑者が異能を使う様子はないけど、近くに小麦粉の袋があるから警戒して」
粉塵爆発だけは避けないと。七彩が囁くように言う。
「わかった、至急音島と策を練る」
わたしは棗に手招きされ、そちらへ向かった。彼は何の前置きもなく「お前はどう考える」と問いかけてくる。
「水まいておけば爆発しないんじゃないの?」
「もしその策で行くならお前が製粉所に弁償しろよ。……最終手段としてなら仕方ないが、可能な限り被害は最小限に留めたい」
それはそうだ。わたしは発言を撤回し、改めて策を考える。思考の隅で、玲が葵に話しかける声を捉えた。
「葵君、異能を準備してほしい。……そして、俺と一緒に来てくれないかな」
「はいはーい。玲さんならそう言うと思ってましたよ」
葵の乾いた笑い声を耳に入れた途端、わたしの口は勝手に棗の名前を呼んだ。
「二人を止めないと」
「……お前にも聞こえてたか。だが止めようにも方法が――」
棗の言葉を遮るように破壊音がする。音の方に目を向けると、分厚い扉がぐしゃりとひしゃげていた。
「あっははは! 隠れてないで出てきてよぉ!」
軽やかなソプラノに殺意を満たし、お下げ髪の少女が倉庫に飛び込む。まずい。言葉にせずとも、この場の誰もがそう思ったに違いない。
「藤原、樺倉を止めるぞ」
「言われずともそのつもりです」
淳也と涼歌が倉庫へと駆け出す。それと入れ違うように、背の高い男性がこちらへ走ってきた。
「渡会さ……ってどこ行くつもりですか! 危ないですよ!」
「樺倉止めに行くに決まってんだろ。磯部、お前は〈三日月〉連中と行動しろ」
「はぁ? おい藤原も何考えてんだ、渡会さん止めろよ!」
「うるせぇ、お前が犯人怒らせなきゃよかっただけだろうが。独断で動くんじゃねぇよ」
二人は男性に言い聞かせる――と言うには乱暴だが――と、こちらを振り返ることなく走っていく。この場に残されたのは、磯部と呼ばれた男性とわたしたち。
「あー……。お前らだけでも逃げてくれ。ああなった樺倉は止められないからな」
「止められない、とはどういうことでしょう?」
結が尋ねる。調停の異能者ならいますよ、と首を傾げながら。しかし、磯部は「違うんだ」と首を振った。
「樺倉の異能は暴走してない。だが異能を発動すると性格が変わるみたいで、手に負えないほど凶暴になるんだ」
「そう、なんですね……」
「だから、こうなった以上おしまいだ。俺にできるのは、少しでも被害を減らすことだけ」
磯部は諦めたように笑う。わたしはその悲壮な表情を見ていられずに視線を逸らした。しかし、ちょうどその先にいた葵が自信に満ちた笑みを浮かべる。
「お兄さん、現場に出てくるのは初めて? オレに任せてよ、絶対何とかするから!」
「何とかって……何ともならないだろ。下手な芝居はやめろ」
鼻で笑う磯部に気分を害した様子もなく、葵は「まぁそう思うならそれでいいけど?」と軽い口調で言った。
「棗さーん、フォーメーションAを元にした作戦をお願いしまーす」
「わかったわかった」
犬猫をあしらうような口調で返事をした棗が一瞬目を閉じる。目を開くと、彼は七彩に再び偵察するよう頼んだ。
「バリケードが破壊されて、容疑者は倉庫入り口辺りまで出てきてる」
「わかった。……三雲と杉崎で樺倉って奴を止めろ、辻宮はさっきの二人と容疑者確保に向かってくれ。藤田は俺と音島の護衛役を頼む」
了解、四人の声が揃う。わたしは遅れて返事をしながら、棗の立案スピードに舌を巻いた。さすがは「俺たちの武器は知識だ」と言い切るだけある。
返答直後、葵と七彩が倉庫の中へと走り出す。それに続いて玲も倉庫へと向かい、結はわたしたちに「なるべく私のそばにいてくださいね」と指示を出した。
「ところで棗、わたしは何も指示されてないんだけど」
「音島は何もするな。それが指示だ」
あまりにも雑すぎる。むくれると、結がくすくす笑う声がした。
「お二人とも、息ぴったりですね」
「嬉しくないな」
「わたしの台詞なんだけど」
言い合いながらも、わたしたちの視線は倉庫から外されていない。何らかの異変が起きたらすぐに対策を講じるためだ。
倉庫の入り口辺りで争うような物音がする。玲たち三人が容疑者確保のために奮闘しているのだろう。そう把握すると同時に、棗の端末から七彩の声がした。
「杉崎? どうした」
『ごめん、私と葵だけじゃ樺倉さんを足止めできない。結の異能を借りたいんだけど……駄目だよね』
「……いや、すぐ向かわせる。俺と音島はどうにでもなるからな」
藤田。棗が結を呼ぶ。彼女は大きく頷くと倉庫へ駆け出した。
結の姿が見えなくなると、入り口付近の争う音がさらに激しさを増す。不規則に炎が現れたり消えたりしていることから、容疑者は異能を乱発していることが窺えた。
あの大きさの炎でこの距離があれば、こちらに飛び火することはない。状況を注視しながら距離を保てばいい、そう気を抜いた瞬間。
「――二人とも!」
玲の声が耳に届く。顔を上げると、棗の目の前に小さな火の玉が迫っていた。