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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第一章 三日月
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報告、陰謀の気配

「……そうか」

「そんなことが起きたんだね」


 目の前の兄妹が頷く。わたしは出されたお茶に口をつけ、報告は終わりだと宣言した。


「報告ありがとう、音島さん。……それにしても、訓練の妨害か……」


 困ったね。千秋が眉を下げる。千波は無言で顔を顰めていた。


「今の話を聞いている限り、容疑者と呼べるほど疑わしい人物もいないようだし」

「音島曰く『偉そうな四大幹部』と『幹部に会いたがっていた少年』くらいか、候補としては」

「怪しいけど、訓練を妨害する動機もないと思うよ」

「そうだろうな……」


 千波が深々とため息をつく。長い髪をかき上げると「面倒な話だ」と苛立ったように吐き出した。


「よりによって玲――『次期四大幹部』がリーダーを務める班でトラブルが起きるとはな」

「千波、言葉には気をつけて。いくらここが防音だからって、誰かが聞いている可能性はあるんだから」

「……すまない」


 ぶつぶつ呟く千波を千秋が窘める。その言い回しに違和感を覚えたわたしは千秋に問いかけた。


「ねぇ千秋、今の話って誰かに聞かれたらまずいの?」

「ん? あぁそうだね、辻宮の処遇は現状未定……ということになっているから。聞かれるとよくないことになる」


 誰に聞かれたらまずいの、とは聞けそうにない。千秋が目を細めてドアを見据えているからだ。


「……千秋、外に」

「わかっているよ。音島さん、すまないけどそこに隠れていてくれるかな」

「そ、そこってどこ」


 混乱してわけのわからないことを言い出すわたしの腕を掴み、千波は丸テーブルへと早足で近づく。テーブルの下に押し込まれたわたしは、視界が椅子の脚で埋まっていくのを呆然と見ていた。


「静かにしていてくれ。……すぐに厄介な奴が来る」


 わたしが了承するより早く役員室のドアが開け放たれる。ツカツカと入室してきたのは、質の良さそうなスーツを纏う脚――テーブルの下からはそれしか見えない――だった。


「大崎、これは一体どういうことだ……!」

「どう、とは?」

「とぼけるな! 〈三日月〉第二班の失態を隠蔽する気だろう!」

「……」


 声を荒らげる人物とは対照的に、千秋は冷静そうだ。表情こそ見えないものの、普段の余裕を崩している様子はない。


「質問に質問を返すようで恐縮ですが、水沢さんはなぜ彼らの失態を把握しているのですか?」

「な……っ、そんなことどうでもいいだろう! とにかく、一刻も早く処分を――」


 水沢と呼ばれた男が「処分」と口にした瞬間、室温がぐっと下がった錯覚に陥った。兄妹から発せられる冷たく棘のある空気は、テーブルと椅子に隠されているわたしの肌をも突き刺すように痛い。


「……言いたいことはそれだけか」


 千波が普段より一オクターブほど低い声で凄む。男はうろたえたように口ごもっていたが、数秒後には威勢を取り戻したように嘲笑した。


「所詮大崎のスペアに過ぎないというのに、よく私に楯突けたな」

「過分な評価をどうも。私が千秋の代わりになれると判断してもらえたなら光栄だ」


 男の挑発をあっさり流した千波は、再び「言いたいことはそれだけだな」と念を押す。返事を待たず、彼女は手を何度か叩いた。すぐさま複数名の足音が聞こえてくる。


「水沢の当主《《代行》》がお戻りだ。〈新月〉第四班に護衛を頼みたい」

「御意」


 千波の依頼を承諾したのは若い男性らしい。彼は〈新月〉の第四班とやらを呼び出すと、わめく男を連れて退室していった。

 パタンとドアが閉まり、足音が聞こえなくなった頃。大きな大きなため息が二つ重なって聞こえた。そしてガタガタと椅子が動かされ、わたしはようやくテーブルの下から出られたのである。


「ごめんね音島さん、見苦しいものを見せて」


 縮こまった筋肉をほぐしていると、千秋が申し訳なさそうに言った。そして千波に向き直ると「全く、千波は短気なんだから」と苦笑する。


「うるさい。千秋の気が長すぎるんだ」

「もう少し喋らせておけば何か自白したかもしれないのに」


 穏やかな口調に毒を潜ませた千秋の表情は普段通りだ。しかし、わたしは彼の奥底に潜む憤怒と軽蔑を察してしまった。


「……そうだな、私が悪かったよ。だからそろそろ機嫌を直してくれないか」

「僕は怒ってないけど?」

「どの口が。……悪いな音島、少し退屈な話に付き合ってほしい」


 千波は嘆息し、ドアの方向を見やる。


「さっきの男は水沢家の当主代行なんだが、辻宮家を敵視していてな。玲がリーダーをしているお前たちの班も気に食わないらしい」

「代行? 本当の当主ではないの?」

「あぁ。水沢家当主の座は現在空席だ。次期当主候補として二人の名が上がっているが、正式には決まっていない。次期当主が本決まりになるまでの繋ぎとして、あの男が当主の仕事を代行している」

「堅物でプライドが高い人だよ。次期当主がどちらになったとしても、今よりやりやすいはずさ」


 千秋が笑顔で毒づく。相当機嫌が悪いようだ。千波は「口を挟むな」と一瞥し、話を戻す。


「あの男は私たちが玲に味方するのも気に入らないようで、事あるごとに喧嘩を売ってくるんだ。だから、気をつけろよ音島」

「何が?」

「……お前はあいつにとって格好の的だ。足元を掬われないように、行動には注意を払ってくれ」


 第二班を守るも壊すも、お前次第だから。千波は目を伏せ、悲しそうに笑った。

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