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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第一章 三日月
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訓練、そして苦悩〈二〉

『……ちょ、ちょっと、どうしてそんなに静かになっちゃったのよ……』


 ルーチェのうろたえる声だけが訓練室に響く。わたしたちは誰一人言葉を発さず、ただただ佇んでいた。

 つい数分前のこと。訓練を強制終了させられたわたしたちは、訓練室前で待ち構えていた〈三日月〉第一班の面々に烈火のごとく怒鳴られたのだ。意気消沈とはまさにこのこと。


『と、とにかくお疲れさま。ゆっくり休んでちょうだい』


 早口でそう告げたルーチェは、そそくさと逃げるように姿を消した。訓練室に重苦しい沈黙が降りる。


「……退室しようか」


 玲がぼそりと呟く。わたしたちは黙りこくったままぞろぞろと退室した。

 十一階のエレベーターホールに到着すると、突然七彩が「……ごめん」とこぼす。何のことかと振り向いた瞬間、彼女はくるりと背を向けて走り去ってしまった。


「七彩ちゃん……っ」

「藤田、やめておけ」


 追いかけようとした結を棗が引き留める。彼は続けて「今は一人にさせてやれ」と幾分か柔らかな口調で語りかけた。


「でも……」

「ねぇ結ちゃん、オレとスイーツ買いに行かない? みんなや七彩の分を選ぶの手伝ってほしいな」

「……そう、ですね。わかりました」


 結は無理やり口角を上げ、不自然な笑顔を作る。そして「葵さんのお手伝いをしてきますね」と階段の方向へ向かった。


「えっ階段? お、オレも行ってくるー!」

「転ばないでね」

「財布は持ってるか」

「転ばないし財布ありまーす! じゃあまた後でっ」


 それに続き、葵がどたばたと走り去る。残されたわたしと棗は、沈痛な面持ちの玲とエレベーターに乗り込んだ。

 無言が続くエレベーター内は息苦しい。わたしは無意識のうちに視線を上にやり、階数表示が三を示すのを今か今かと待ちわびた。


 ようやく三階に到着し、ドアが開く。相変わらず無言のわたしたちが廊下を進んでいると、玲の作業場付近をうろつく何者かを見つけた。


「……」


 作業場を通り過ぎたかと思えば戻ってきて、時折室内を覗き込んではまた歩き出す。明らかに不審な動きに、わたしは千秋の言葉を思い出した。


『組織内で誰かが怪しい動きをしていたら報告するだけの簡単な仕事だよ』


 これか、このことなのか。そう理解したわたしは、玲や棗を追い抜いてその人物に詰め寄る。接近すると、その人物がわたしとほぼ背丈の変わらない少年だとわかった。


「あんた、ここで何してるの」


 声に警戒を滲ませて問いかける。室内を覗いていた少年はビクッと肩を跳ねさせ、ぎこちなくこちらを振り向いた。


「っな! ……何でもいいだろ、俺は用事があるんだよ」


 変声期なのだろうか、少年の声は掠れたように聞き取りづらい。どうにか聞き取ったわたしは「あんたの用事が何かは知らないけど」とさらにトーンを下げる。


「場合によっては不法侵入で警察に突き出せるんだよ。それでもいいの?」


 わたしが言えたことではないが。内心苦笑しながら脅す。しかし彼には効果てきめんだったようで、さぁっと顔を青ざめさせて「わ、わかった! 言う! 説明するから!」と慌て始めた。


「最初からそうしてれば、こっちだって脅す必要なかったのに」

「うるさいっ。本当は俺がここにいるのバレちゃまずいんだよ……!」


 少年はぼそぼそと呟くと、わたしの背後――玲や棗のいる辺り――をちらりと見て大きなため息をつく。安堵混じりに「あの人はいないか……」と吐き出し、再びわたしに向き直った。


「……ここの幹部って奴に話がある。お前、伝手はあるか?」

「は? あると思って聞いてるの?」

「駄目元で聞いてる。幹部と繋がりがある奴がそう簡単にいるわけ――」

「あるんだけどね」

「何だよそれ! それならそう言えよな!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ少年を「騒がないでよ」と咎め、わたしはスマホを取り出す。通話履歴に残る唯一の番号を選択し、発信する。ワンコールで相手方が電話に出る音が聞こえた。


『はい、大崎です』

「千秋? わたしわたし。あんたに……というか〈九十九月〉の幹部に会いたいって人がいるんだけど」

『詐欺かな? 悪いけど今から会議でね。また日を改めてくれないか』


 ガチャッ、ツー、ツー……。無情にも電話は切られてしまう。わたしは首を振りながら少年に「駄目だった」と伝える。


「また来てね、今度はおやつ用意しておくから」

「子供扱いすんな! てかもう来ないからな!」


 少年はそう言うと廊下を駆け出して行った。途中で棗にこっぴどく叱られているようだ。哀れ少年。

 とぼとぼと去っていく彼が見えなくなると、玲と棗がやって来た。棗は不愉快そうに鼻を鳴らしているが、玲は変わらず暗い表情をしている。


「……玲、まだ落ち込んでるの?」

「そうみたいだな。なぁ音島、お前さっきの子供に『幹部の伝手がある』って言ってたよな」

「言ったけど……それが何?」

「辻宮の話を聞いてやれ。というか全部吐き出させろ。リーダーがこんな状態じゃ仕事に支障が出る」

「それと幹部の話がどう関係――」


 疑問を口にすると、途中で細められた視線に遮られた。音島、呼ばれる声に背筋が凍る。昨日の地獄を思い出したのだ。


「わ、わかった。玲、どこか人が少ない場所とか知ってる?」

「……こっちだ」


 わたしは慌てて玲に話を振る。背中を丸めたまま歩き始めた彼に置いて行かれないよう、小走りで追いかけた。

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