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観月異能奇譚  作者: 千歳叶
第一章 三日月
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少女、華やかなるガイド

「七彩に結ちゃん、おっはよー! あ、音島さんも!」

「……もう来てたんだな」


 入り口から葵と棗の声がする。わたしたちは振り向いて挨拶を返した。


「玲は? 遅刻するなんて滅多にないのに」


 七彩が問いかける。葵も「そういえばそうだね」と不思議そうな顔をした。


「あぁ、辻宮は――」

「すまない、待たせたみたいだね」


 棗の言葉を遮るように、玲が姿を見せる。その手には二台のノートパソコンがあった。


「こっちに来る途中で忘れ物に気づいて、取りに戻ったんだ。さて、遅くなった俺が言うのもどうかと思うけど、急いでセッティングしようか」

「はーい」

「わかりました」

「うん」

「了解」


 玲の言葉に、わたし以外の四人はすぐさま返事をする。そして黒い物体に近づいた彼らは、あれやこれやと周辺の線をこねくり回し始めた。わたしはそれをぼんやりと見つめることしかできない。

 結局わたしは、彼らが作業を終えるまで呆然と立ち尽くしていた。玲が「よし」と頷くので我に返り、慌てて五人に駆け寄る。


「ごめん、何もしてなくて」


 謝罪を述べると、真っ先に反応したのは結だった。ふるふると首を振って「大丈夫ですよ」と笑う。


「私たちも音島さんに何も説明せず準備してしまったので。こちらこそすみません」

「何かやること残ってる?」

「セッティングは終わりましたが……玲さん、どうしましょうか?」


 結の声に、玲は「ふむ」と考え込むそぶりを見せた。黒い物体と繋がっている線に視線を向けると、小さく首を振る。


「配線も問題ないし、特にやることはないかな。でも、せっかくだから音島さんに起動してもらおうか」


 玲が黒い物体を示す。まじまじとそれを眺めたわたしは、小さなボタンと側面上部のレンズに気がついた。


「これ、カメラ? レンズみたいなのがあるけど」

「いいや、違うよ」

「じゃあ何?」

「まだ秘密。とりあえずそのボタンを押してみてくれないか。そうすれば自ずとわかるはずだから」


 ボタンを押せばすぐわかるのに秘密なのか。訝しみながらも言われたとおりにボタンを押す。

 短いメロディが軽やかに流れ、壁に「起動中」の文字が映し出される。わたしは文字の下でくるくる回る円を呆然と見つめた。


「……何、これ……?」

「驚くのはまだ早いっ! お楽しみはこれからだー!」

「葵、うるさい」


 よくわからないテンションではしゃぐ葵に七彩が突っ込む。そうこうしている間に映し出される文字が「起動完了」に変わり、次いでふっと暗転する。


「来るぞ」


 ずっと黙っていた棗が呟いた。何が、と尋ねようとした瞬間、壁が眩く輝く。真っ白に染まった室内に「模擬戦闘プログラム起動、ガイド〈ルーチェ〉を開始します」という機械的な音声が響いた。


『あら、今度はあなたたちが訓練するのね?』


 パッと、正面の壁に少女が映し出される。限りなく人間の声に近い合成音声がわたし以外の五人を呼び、最後に『……あら?』と訝しんだ。


『ねぇあなた』

「……私?」

『そうよ、右目を髪の毛で隠したあなた。お名前は? わたくしのデータに該当するものはないのだけれど』

「音島律月」

『おとしま……? ……あぁ、思い出した。あの胡散臭い幹部がそんな話をしていたわね』


 少女――ガイドのルーチェ、と呼べばいいのだろうか――は得心がいったと頷く。わたしの話ができる幹部など千秋しか知らない。彼女の言う「胡散臭い幹部」も彼のことだろう。言い方はどうかと思うが。


『把握したわ。わたくしはルーチェ。このプログラムのガイドでありアドバイザーであり、訓練の評価者でもあるの』


 よろしくお願いするわ。ルーチェは笑う。微笑みと呼ぶには華やいだ笑みだ。わたしも彼女に倣い「よろしく」と笑みを浮かべる。


『さて、それじゃあ訓練の説明に入るわね。今回は不法異能者に監禁された被害者の救出が最終目標よ。質問があれば受け付けるけれど、何かあるかしら?』


 ルーチェの問いかけにいくつか手が上がった。彼女が最初に指名したのは玲だ。


「被害者は異能を持っているのかい?」

『えぇ、持っているわ。種類については――』


 言葉の途中でルーチェが動かなくなる。投影されている姿も微動だにしない。数秒後、ノイズ混じりの合成音声が「確認中」と返答した。


『……待たせたわね。異能の種類は秘匿情報、設定されているけれど答えられないわ』

「そうか、ありがとう」


 玲の次に指名されたのは七彩。彼女は被害者の監禁場所について尋ねた。


『被害者の住宅よ。閑静な住宅街の一角にあって、家の前は通学路にもなっているわ』

「わかった」

『次は棗ね。何が聞きたいの?』

「設定された日時。平日か休日か、朝なのか夜なのか」

『平日の昼時……正確に言うなら火曜日の午後一時よ。これで質問は終わりかしら?』


 わたしたちはお互いを見合わせ、誰も手を挙げないことを確認してから頷く。ルーチェは『わかったわ』と言ってくるりとターンした。ドレスのように華やかな装飾が施されたスカートがふわりと広がる。手の込んだ技術だ。


『それでは――〈三日月〉第二班、定期訓練を開始します』


 ルーチェが丁寧な口調で告げると、投影されている映像が一変した。

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