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転生貴族は適当に生きない

作者: クロ

 人は生まれながらに不平等だ。


 容姿や頭の出来もあるが、

 もっと分かり易く絶対的に、身分差というものがある。


 だから今回は絶対に後悔しないように、毎日を一生懸命生きよう。

 貴族という立場を噛み締めて生きよう。


 彼は常々そう思っている。

 前世では何の変哲もない辺境の村の青年であり、ただ時を潰すように適当な日々を過ごしていた。


 それも祟ったのか若くして病死し──気付けば貴族に転生していた。


「ここは·····」


 最初に見たのは高く白い天井だった。

 柔らかなベットに包まれており、そのせいか意識が曖昧だ。


 暫しぼんやりと眺めていたが、夢から覚めたようにハッとして起き上がる。


 見渡すと、滑らかに削られた壺や銀色に輝く甲冑が整然と並んでいる。

 どちらもインテリアとしての意味合いが強そうだ。

 よく分からない絵画も飾ってある。恐らく高価なものなのだろう。


 様々な装飾品に彩られていても、圧迫感は感じない。

 そこは部屋の作りだったが、ちょっとした家のように広い。


 扉を開くと床には厳かな石畳。廊下には真紅のカーペットが一線に敷かれてある。

 すれ違う執事やメイドは深々と敬礼。


 螺旋状の階段を降りると大広場に出て、傍にランチルームが隣接している。

 更には道場に遊戯施設、大浴場、庭園·····


 そこはまるで別世界だった。

 この空間にとって自らが異物に思えて仕方なかった。


 そういえば·····と、部屋に戻る。

 もう確信していたがこの目で確かめておきたかった。


 入室して真横に鏡はあった。

 そこに映ったのは金糸のような髪、宝石のような碧眼、人形めいた白い肌。


 前世の粗雑で適当な身なりとは真逆だった。

 端まで調度品のように仕立てられている。


 改めて自覚する。

 自分が·····貴族に転生していると。


 ☆


 彼が転生した少年はロアというらしい。

 薄々感じていたが貴族の中でも特段と位の高いらしい。


 転生してから節々に圧倒的されっぱなしで、漸く少し慣れてきたところだ。


 できるだけ表に出さないようにしていたが、それでも当初はさぞかし不信がられた事だろう。


 身に余る贅沢な生活だった。

 然し一つ、惜しむべき点がある。

 まさに今その青年と鉢合わせたところだった。


「おはよ。ロア」


 彼はレイ。姿は酷似し一回り大きく·····ロアの兄にあたる。

 そう、つまりロアには当主の継承権がないのだ。


 今日は早く起きたようだが、普段は寝過ごすことが多い。

 元が整っているせいか見苦しさはないが、身なりはやや崩れがちだ。


 部屋は大きく間が空いての隣。

 兄弟だが、出会えば適当な雑談をしながら歩く程度の仲。


 貴族では家内で明確な上下関係が生まれる為、部下と上司のような関係に陥り易い。これでも親しい方なのだ。


 朝と夜の食事では父より、なるべく同じ卓に座るよう言われている。そのままランチルームへ向かう。

 母はロアとして転生する暫く前に亡くなってしまったらしい。


 食卓は長方形に広く、純白のテーブルクロスの上には一面の小皿。


 その上には輝く希少魚の卵、巨大な骨付き肉。果実は華の如く盛られ、特製のソースと野菜が静かに添えられ彩りを加える。

 正しく食のフルコースだ。


 席にはナイフとフォークが3本づつ置かれている。

 レイは手馴れた風に使い·····野菜や果物を避け、肉ばかり皿に乗せる。


(こ、この野郎·····野菜も食え!

 いやそうじゃねえ。そんな贅沢な好き嫌いがあってたまるか!)


 それは未だ恐る恐る食すロアと対象的な構図だった。


「ロア、レイ、何か欲しい物があったら言ってくれ。何でも調達するぞ」


 お小遣いは札束で溺れそうになる程貰うが、父は更に買い与えようとしてくる。

 偶にレイが何か頼むと快く引き受ける。


 よく分からないが、親や親族は子に何かを買い与える事がとても楽しいらしい。

 そしてどんな会話でも、父は嬉しそうに頷いてくれた。


 朝食を済ますと講習が始まる。

 何を学ぶにしろ専用の設備と一流の講師が用意されており、手取り足取り教わることができる。


 ロアが能動的な一方で、ここでもレイは対象的だった。

 億劫さを隠そうともせず、適当に時間を潰している。ロアの生真面目さを前にしても一向に改める気配がない。


(有り得ない·····)


 ロアはそう思うが、身分が高い故に堕落するのは珍しいわけではない。

 それはそう、レイにとってこの環境は当たり前であり、有り難るものではないのだから。


 その鈍感さは苦渋を舐めたロアにとって腹立たしく、羨ましくもあった。


(もっと有り難れ!泣いて喜べ!

 どれだけ恵まれてるか自覚しろ!!!)


 今置かれている立場。

 ロアのそこに対する根本的な意識は、何時までも慣れることはなさそうだった。


 そして休日でもロアは勉学に励む。

 一人では書庫を訪れる事が多い。

 資料は膨大で、背丈以上の棚が無数に列をなしている。


 時間は有限だ。それも貴族の子となれば尚更。

 時間のほぼ全てを割くのは勿論、僅かでも効率的に物事を吸収できるよう必死にならなければならない。


 とはいえ途方もない程でも、ロアは貴族として十全に事を熟すのが楽しかった。


 一方でレイは女の子と遊んだりしていた。


「兄上·····もう少し真面目に講習等を受けてみてはどうですか」

「あん?汗水垂らすのは民の役目だぞ。俺達はただ、使われる為に頑張った民を選び抜いて使うだけだ」


 貴族は使う側、選ぶ側の人間である。

 つい零した小言にレイはそう返した。


 然し貴族にも、上にだって業務はある。

 まあそれは現在の学びと直接関係ないのだが。


 考える力自体を養う·····

 ここで頑張れない奴は他でも同様·····


 それらしい言葉は浮かぶが、ぶっちゃけると〝意味があるとされる事はやった方がいい〟というのが一番だ。


 郷に入っては郷に従え。

 膨大な見返りが約束された貴族という郷なら尚更だ。


 勿論思っても口にはしない。

 納得もされないだろう。話は早々に打ち止めだ。


「それに·····俺は次期当主。近隣の貴族と交友関係を広くしておく方が有意義というものだ」


 その点において、レイの手腕は確かだった。

 誰であろうと一瞬で旧知の仲のような関係を築く事ができる。

 ただ、それも他を蔑ろにする奢りに繋がる一因ではあった。


 ☆


 現当主である父はもう高齢で、しかも直近は病に苦しむ事が多い。

 当主交代は目前に迫っていた。


「レイ、ロア、王室に来てくれ。大事な話がある」


 そしてある日、ついにそう告げられた。

 先導する父の後を歩き王室に入出すると、景色が一変する。


 ガラリと空席が並び、最奥にポツンと一つの背高な椅子。

 その上では巨大な神話の像が何かを祈っている。


 血の繋がりのあるロア達でも、これまでそこに足を踏み入れる事は許されていなかった。

 そして父は王の席に佇み、静かに告げる。


「次期当主は──ロアだ」


 レイは、そしてロアも、暫くその一言の響きから意識が離れなかった。


「以上」

「待ってくれ!何で兄の俺じゃなくて、ロアになるんだよ!」


 レイは縋るように叫ぶが、父は態度を崩さない。


「言わなければ分からぬか」

「っでも·····親父は今まで何も········」


「当主は言う立場だ。言われなければ改められないお前は相応しくない」

「························っっっ!!」


 重々しい空気が抜けないまま、父はその場を後にする。

 レイはまだ信じられないようで、硬直したまま動けない。


 その驚きも頷けた。

 兄が優先的に選ばれるのは、貴族の子が貴族であるのと同程度の大原則だった。


 然し、当主をロアと告げた。

 理由は明確と言えばそうだが、異例の事態ではあった。


「なあ、お前もおかしいって思うだろ·····?そうだよ。お前が今直ぐに降りれば俺が」

「兄上·····」


 混乱しているとはいえ、言うことが滅茶苦茶だ。

 そんな事で決定が覆るわけがない。いや、仮に覆るとして──


「すみません兄上。この権力を譲る気はありません。僕が当主になります。馬鹿で有難うございました」

「ロア!!!てめえ──」


 レイは激昂して殴り掛かるが、武術も圧倒的にロアが優れている。当然全て軽々と避けられる。


「そう悲観しないで下さいよ。兄上だってそこそこの領主にはなれます。それだって恵まれた良き人生ですよ──〝前〟の僕にとってはね」

「お前·····何言って·····」


「ただし今回の僕は貴方のように·····そして〝前〟のように適当には生きない。徹底的にやる。

 折角その立場を得られたんだからね」


 尚も抵抗を続けるレイを組み伏せ、頭を思い切り殴り気を失わせその場を収める。


「そういえば兄上は自らを〝選ぶ側〟と言ってましたね。

 結構な選民思想ですが·····それを言うなら父上は更に上。

 自分もまた選ばれる側だという自覚が足りませんでしたね」


 異例。おかしい。それ程悪い事をした覚えはない。レイの頭はそんな不平不満で満ちているだろう。


 然し他がどうかは関係ない。的外れもいいところ。

 結局は父の思惑が全てだ。


 そこにおいても付き合いの長いレイに優位性がある筈だった。


 いやそれ故か·····彼は子供で、表面的な父親らしい側面しか見れなかった。

 父を、王として見る事ができなかったのだ。


 ☆


「ロア様はいつもご機嫌ですね」


 メイド達等によくそう言われる。

 そりゃあ良いに決まってる。


 作法も武芸も馬術も勉学も帝王学も、貴族の習わしが全てとても楽しい。

 兄弟だが億劫そうなレイとは正反対だった。


 庶民らしいかもしれないが、それが項を成した。これからも流れを良く変えそうに思う。気持ちは大事だ。


(有り難うございます兄上。そして父上。

 必ずやご期待以上の功を成してみせましょう)


 そして絶望的と思えた当主にまでなれたんだ。

 これを喜ばずしていられるか。


 身に余る環境·····その上で唯一惜しらむ点すら消えた。


 土台は完璧に整った。

 貴族とはいえ、今後の未来は自らの力量によって左右されるだろう。


「僕の本当の戦いは·····これからだ」


 然しそこで負ける気は更々なかった。

 この恵まれた環境で全てを極めてみせる。


 どこまでも高みへ登ってみせる。

 身に余る僥倖を噛み締めて──




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