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この世に悪の栄えた試しなし

「それじゃあ、仕事終わったら連絡するから。」


「気を付けて帰るんだよ。」


赤い軽自動車を運転して紀香は帰路についた。

もちろん、恵比寿からではなくて、同僚くんのアパートからだ。

紀香もいろいろと話したいことはあったようだが、今日の仕事をこなすことを優先して部屋に戻って仮眠をとることにしたのだ。

紀香の住んでいるところは、この同僚くんのアパートから5kmほど東に向かったところらしい。

この数キロの間にダンジョン化するかどうかの境界があるわけだが、紀香が怪物化しなかったことに改めてほっとしている。


「紀香さん、無事で本当によかったですね。」


「そうですね。」


「それで、これからどこに連れて行っていただけるのですか。」


いやいや、別にどこにも行かないよ。

どうしてそういうことになってるんだろう。

っていうか、面近さんがどうしても紀香を見送りたいっていうからお連れしただけなんですけど何か間違ってましたでしょうか。


「せっかく来たのですから、紀香さんの近くにこのアパート以外にも別に橋頭堡をお造りになるのはいかがですか。」


言われて周りを見ると断然一軒家が多いのだがアパートもそれなりに目に付く。

ちょっとこのあたりのダンジョン事情を知っておくのも悪くないかもしれない。


「じゃあ、ひとつぐらい攻略しちゃいましょうか。」


「一つと言わず、片っ端から全滅させれば紀香さんのこちらでの安全も確保できるというものですわ。」


「さすがに全部だと一人じゃ無理ですね。とりあえずスペアとスペアのスペアで二つぐらいですかね。」


ということで、ダンジョン化の境界線を確かめる意味もあって東の方に向かってみることにした。

数百メートル歩くと空き地が目に入るようになってきたが、怪しげな地下への入り口が見えていることもあり、ただの空き地ではなくダンジョン化した建物があるのは間違いなさそうだ。

割と近くにアパートっぽい建物も見えているのだが、紀香の同僚のお父さんのようにまだ降伏することを迷っているのだろうか。

空き地と現存するアパートのどっちに向かおうかと考えていると、黒い車が私たちを後ろから追い抜いていきアパートの前で止まった。

その後部座席からスーツ姿の二人組の男が降りてくる。


「てめえがチンタラしてっからひとつ取りこぼしちまっただろうが。脅すなりいろいろ出来るだろうが。次はとっとと降伏させろよ。」


「すんません、リーダー。」


男たちは不穏当な言葉を交わすとアパートの中に入っていった。

こんな清々しい朝にふさわしくない話の内容であることは疑いようもない。

恐らくこいつらは、公開されたダンジョンの情報を悪用しようという輩なんだろう。

車の中には運転手が残っているが、さてどうしたものか。


知らんふりして立ち去ることもできなくはないが、こいつらの魔の手が紀香の方に伸びていかないとも限らない。

そう思ってしまったからにはやることはひとつだ。

面近さんといくつか示し合わせると、私たちも素知らぬ顔でアパートの中へと入っていく。


「私たちはこちらのアパートが孤立されていることを危惧しているわけですよ。昨日の夜からダンジョン関連の情報が報道されているのをご存じですか。周りの空き地化しているダンジョンを元に戻すためにもご協力をお願いします。つきましては我々市役所の人間に是非とも降伏していただきたいと言うわけでして。」


「だから、今のところは実被害はないから降伏なんかしたくないって言ってるじゃないか。」


「被害が出てからじゃ遅いんですよ。そういうことを仰るのであれば、ここら一帯の被害には責任を取っていただくということになりますが、それでよろしいですね。書類に残しますよ。」


「どうしてそんなことになるんだよ。」


チンピラにしては小賢しい論法を振りかざしているリーダーと呼ばれていた男。

外で聞いた会話からだと初っ端から腕ずくでどうにかすると思っていたのだが、市役所の人間を装って降伏をすすめているらしい。

そういうことなら、面近さんの出番だ。

面近さんに「読心」で全てを暴露するようにお願いする。


「あらあら、市役所って大学生が勤務できるなんて知らなかったのですわ。」


「ああん?誰のこと言ってんだ。」


「素がお出になってますわよ。もちろん、あなたのお連れの人のことを言ってるのですわ。○○大学経済学部経済学科のA.Tくん。本名を口にするのは憚られますのでイニシャルで失礼させていただきますわ。」


「なっ、なんで!?」


「お前の知り合いか?」


「違いましてよ。市役所の人間とは真っ赤な嘘で自称経営コンサルタント、実際は闇バイトリクルーターのS.Hさん。私の前では真実を隠しおおせるとは思わないことですわ。美味しくないお料理を提供するお店と悪事を働く者たちが隆盛を極めることはないと思い知るがいいのですわ。」


そこまでご丁寧に言わなくても、不味い店と悪は栄えた試しがない、でいいんじゃないでしょうか。

寧ろ、不味い云々も不要で時代劇の定番としては、この世に悪の栄えた試しなし、でいいんじゃないかな。


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