建物が消える街角
Gに止めを刺せなくて悔しがる瑠奈を宥めてサイアパートの外に出ると辺りはすっかり暗くなりかかっていたわ。
「もう日も随分短くなりましたね。」
「そうね、もう一か所ぐらい行きたかった想いはあるけど、今日はこれぐらいで我慢しておこうかしらね。」
「姐さんと一緒なんで、こうもっと血がドバドバすると思ってたっスけど、敵にも味方にも血が一滴も流れなくて驚いてるっス。」
「承太郎は私のことを何だと思ってるのかしら。要教育ね。」
「ひぃっ。」
承太郎って種類はちょっと違うけどどうやらハチと同類みたいね。
まあ他人に迷惑をかけなければ趣味嗜好にとやかく言うつもりはないけど、包み隠す必要性も覚えた方がいいと思うわ。
念のために言っておくと、私は攻撃的な性格をしている自覚はないわよ。
それこそ他人を暴力的な手段で言いなりにさせようなんてことはしたことはないはずよ。
ただ敵意や悪意に対しては容赦しないのも確かね。
そんな感情を私に向ける奴に遠慮する必要性なんて微塵も感じないもの。
徹底的に叩き潰すだけよ。主に精神的にね。
肉体的に甚振るのは趣味じゃないんだけど、そういう風に勘違いされているというか、そうであってほしいという周囲の思惑を感じなくもないけど、そればっかりを期待されても困るわね。
叱られて嬉しそうな承太郎を引き連れてしばらく歩いていると途轍もない違和感を覚えたわ。
昨日から違和感に次ぐ違和感の連続ではあるのだけれど、決して承太郎の性癖に対してではないわよ。
「先輩っ!今、向こうに見えてた建物が消えたみたいなんですけどっ!」
くりりんにも見えたみたいね。
「先輩が消したの。私は消さないでほしいの。」
「私がやったんじゃないから承太郎を盾にして隠れる必要性はないわ。」
言ってるそばから視界の端々で建物が消えていくわ。
今、ちょっと高台にある場所から街を見下ろすように歩いているから割と見渡せているのよね。
建物が消えるなんて自然現象ではあり得ないから、もちろんダンジョン関連よね。
昨日の今日でこれほどの変化を表に出すなんてどういうことかしら。
ダンジョンが力を溜めてるって考えは間違ってたのかしら。
更なる力を貯えるために次の段階に進んだということも考えられるのかしらね。
まあダンジョンが理知的に物事を進めていると考える方がおかしいと言われればそうかもしれないけど、ダンジョンが偶発的に発生して勝手気ままに活動していると考えることの方が難しいのよね。
それこそ侵略行為と断じる根拠はないに等しいけど、私の直感は既にそれ以外の可能性を全否定しているわ。
ただ、いずれにしてもダンジョンは何かの目的を果たすために動いていることだけは間違いないわ。
とりあえず新たに何をし始めたかは確認しにいかないとね。
「ちゃちゃっと建物が消えたあたりを見に行くわ。別についてこなくてもいいわよ。」
そう言って駆け出すと、後ろから三人が追いかけてくるわ。
「今更、先輩一人で行かせませんよ。」
「置いてっちゃいやなの。」
「どこまでもついて行くって言ったっス。」
すっかり懐かれちゃった?みたいね。
いいわ。ちゃんとついてくるのよ。
「先輩、ハァ、すごいですね。ハァ…ハァ…。」
「もうダメなの。」
建物が消えたと思しき場所までもう少しというところでくりりんと瑠奈が息も絶え絶えだわ。
下ネタ好きの大桜がこの場にいたら、二人のこのシチュエーションに勝手に妄想を膨らませて大興奮すること間違いないでしょうね。
私もしつこくせがまれて言わされたことあるけど、瑠奈に「ラメなの」って言い直させそうよ。
「姐さん、アレ階段じゃないっスか。」
承太郎は全国大会準優勝の経歴は伊達じゃないようで、体力にはまだまだ余裕があるみたいで息切れ一つしていないわね。
承太郎が指し示す方には見るからに怪しげな地下へと続く階段があったわ。
そこからは歩いて近づいていったのだけど、その間にも建物が音もなくあちこちで消えていくわ。
最初に目指していた建物が消えた場所もそうだけど、その他の消えた所も空き地みたいになってしまっているわ。
消えた建物が増えていくので見通せるところが広くなるから、消えていくのを余計に気づいてしまうわね。
地上にある建物が消えただけなら、基礎の部分は残るはずなのにそんな形跡は一切残っていなくてぽつんと地下への階段があるだけなのが不気味さを増幅させているわ。
「暗くって下が見えないっス。姐さん、もしかしなくてもこれ降りるんっスか。」
「もちろんよ。ここまで来て何もしないで帰るっていう選択肢は私にはないわ。」
「スマホのライトで照らしながら行きますか?」
「やめておきましょ。恰好の標的になりかねないわ。私に良い考えがあるわ。」
良い考えがあるっていうセリフはフラグみたいに使われがちだけど、私のはちゃんと良い考えなのよ。
だからオチみたいに使われるのは甚だ遺憾だわ。
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