真実はいつもひとつ
ということでやってきたのは別の小さな二階建てアパートの前。
先刻同様に承太郎に端の部屋の呼び鈴を押させたけど、今度は反応がないようだわ。
この部屋のドアにはドアスコープがついていないから覗き見ることはできないけど、明らかにこの部屋からの音が漏れ聞こえているのよね。
多分テレビの音だと思うのだけどそれほど大音量ってわけでもないし、呼び鈴の音が聞こえなかったとは考えにくいのよね。
ということは、よね。
最初のクマアパートでお馴染みになったアレの出番のようね。
承太郎に目配せしてドアノブに触るように促すと、案の定二条城河原三条だったみたいだわ。
「姐さん、鍵開いたみたいっス。」を口パクと身振りで伝えてきたわ。
大きな声を出さないようにできたのは成長の跡がうかがえるわね。大変結構よ。
この後はクマアパートで何回もやった流れ作業でいいわね。
万が一、普通の人間が出てきたらごめんなさいすればいいだけのことよ。
ということで、竹ぼうきはクマアパートに置いてきたから代わりのものを探すと半ば壊れた傘があったのでそれを手にするとドアを開けるように促したわ。
このアパートでは初回なので念のためにくりりんとダブルで太陽拳を喰らわせると、部屋の中にいた存在はこれまで同様に眩しさに耐えきれずに目を抑えて転げ回ったわ。
だけど、それに向かって傘を振り下ろそうとして気が付いたの。
それが熊の怪物じゃないことに。
クマアパートではもれなく熊の怪物だったから人間が怪物化すると一律でああなるものだと思ってたけど違うのかしら。
封印するのは一旦やめて少し観察してみることにしたわ。
でも、このままにしておくとすぐに行動の自由を取り戻してしまうから、安心して観察できるようにしないとね。
ということで、腕時計から発射するイメージでポチっとなすると瞬く間に怪物が大人しく動かなくなってしまったわ。
「一体何をしたんですか?」
「殺したの。私は殺さないでほしいの。」
「殺してないわよ。眠らせただけよ。」
真実はいつもひとつの名探偵がおっちゃんに使う麻酔針をスキルで具現化してみたことを教えるとちょっと呆れられたわ。
ところで、全身麻酔のメカニズムってちゃんと解明されていないって知ってるかしら。
実際すごく不思議よね。
生命活動は維持させつつ、脳や神経の痛みや反射の情報は遮断するなんて絶妙なことをやってるんだもの。
全身麻酔を行う手術では機械で患者の状態を事細かに調べながら、薬の量を緻密に制御しているらしいわ。
私は医学のことは専門外だからそこまで詳しくはないけど、薬物事件や医療過誤訴訟なんかも取り扱う可能性が無きにしも非ずだから、あの腕時計型麻酔銃について少し調べてみたことがあったの。
結論から言うと、あの名探偵はアウトね。
まず麻酔を行うには麻酔科専門医になる必要があるわ。
そのためにはまず麻酔科標榜医になって、それから一定の研修を全うすることで麻酔科専門医の受験資格が得られるわ。
麻酔科標榜医っていうのは「麻酔科の診療を行っていますよ」ってことを看板に出していいと厚生労働大臣に許可をもらえた人のことよ。
ちなみに他の診療科は厚生労働大臣の許可を必要としていないわ。
この麻酔科標榜医になることも一筋縄ではいかないから、麻酔がいかに特殊な技能を必要としているかが伺えるわね。
麻酔科専門医にならなくても医師免許や歯科医師免許を持っていれば麻酔を行う資格は一応あるそうよ。
歯医者で抜歯するときとかに歯茎に注射したりするあれよね。
ということで、麻酔科専門医でも麻酔科標榜医でもなく医師免許も歯科医師免許も持っていない少年探偵は無資格で医療行為をしたとみなされ「3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金」が適用される可能性があるわ。
しかも全身麻酔が危険であることを説明もせず、同意書も取らずに無断で行っていることが更に問題ね。
仮に医療行為ではないと主張するなら傷害罪が適用されるかしらね。
他人の首筋に針を打ち込んでいるんだもの。
どんな種類の薬物を使ってるか、どんな装置を使って身体に注入しているかは分からないけど提供してる博士も罪に問われる可能性が高いわ。
作者曰く、「麻酔銃の針は地球にやさしい素材で作られていて、後から消える。」らしいけど何十回と打たれたおっちゃんの首筋は大丈夫なのかしら。心配ね。
「何でもありじゃないですか。私たちって本当に必要だったんですか?」
「無双なの。やっぱり怖い人なの。」
なんか言ってるけど聞こえないふりして怪物を観察するわ。
まず目についたのは顔の中心の角かしらね、割と大きめの突起があるわ。
熊男みたいな毛むくじゃら感は一切なくて、硬そうな皮膚も特徴的ね。
これは犀かしら。そうね、多分そうだわ。
怪物の正体というか型が判別できたところでちゃっちゃと封印させてもらったわ。
「今のは希少種なんですかね。でもノーマルが熊でレアが犀っていうのも納得しにくい感じですね。」
「サイ園もするの?」
「犀の肉ってうまいんっスかね。」
サイ園はしないし、犀の肉が美味しいかどうか私が知ってるわけないじゃない。
だけど、レアかどうかは次の部屋に行けばその答えも自ずと明らかになるんじゃないかしら。
真実はいつもひとつよ。
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