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きつねとたぬき

「先輩はそんな非常識な人だったんですね。」


「いろいろ規格外なの。」


なんか失礼なこと言われてる気がするのは気のせいじゃないわよね。


「そんなこと言われたってしょうがないじゃない。私にとってはこれはどこからどうみたって「いなりそば」なのよ。」


「失礼ですけどそんなの聞いたことないです。これは「きつねそば」に決まってるじゃないですか。」


「意味わかんないの。これは「たぬき」なの。」


「落ち着いてほしいっス。自分には「きつね」も「たぬき」もどっちとも言えないっスけど。」


何が起きているかというと、油揚げ入りそばをどう呼ぶか紛争が勃発しているのよ。

特に関東方面から大阪に来た人に起こりがちな問題ね。

私は石川県、くりりんは神奈川県、瑠奈は三重県、承太郎は京都府の出身なので収集つかなくなってる感じね。


元々、「きつねうどん」の発祥は大阪らしいわ。

最初は「こんこんうどん」って名前でかけうどんと皿にのせた油揚げを別々に出したのが始まりだったそうよ。

そのうちお客さんが油揚げをうどんにのせて食べるようになって商人の街・船場せんばで大当たり。

うどんに油揚げをのせて出すスタイルがいつの間にか「きつねうどん」って呼ばれて、全国に広がっていったっていうのが定説みたい。

それが明治時代の後半ぐらいで、その後大阪では「きつね」としか言わなくなっていったらしいわ。

一方「たぬき」の発祥は江戸時代の終わりとされているわ。

関東ではごま油で揚げたイカのかき揚げをそばにのせていたらしいんだけど、その衣が黒っぽくって茶色がかった濃い色がたぬきを連想させるところから「たぬきそば」が生まれたんじゃないかって話よ。

このたぬきは全国的なものにはならなかったようで、特に関西には定着しなかったみたい。

その代わりというか「きつねがうどんなら、たぬきはそば」みたいな解釈で、油揚げがのったそばは大阪で「たぬき」と呼ばれるようになったと言われてるわ。

関東で生まれた「たぬき」は後に揚げ玉をのせることの接頭語として使われるようになり、同じように油揚げをのせるのが「きつね」を冠するようになったということね。

それとは別で、私の地元の石川県金沢では油揚げがのったうどんもそばも「いなり」で統一されてるし、京都の方ではそもそも大判の油揚げじゃなくて短冊切りにしたものをのせたのが「きつね」で、それにあんかけしたのが「たぬき」という具合よ。

そして、これに拍車をかけるのが3年B組の担任の先生がCMをしていた赤きつねと緑たぬきね。

今では出汁の違いとかで地域ごとに出荷されてる製品が違うのよ。

詳しいことは製品のホームページで調べてみるといいわ。


ということで非常識だの規格外だの言われる羽目になったというわけよ。

大学とかで初めて生まれ育った土地を出る人にとってこのきつね・たぬき紛争と似たようなことは往々にして起こるから気を付けた方がいいわよ。


「全然知りませんでした。失礼なこと言ってすいませんでした!」


「ごめんなさいなの。」


「ご指導いただきあざっス。」


「判ってもらえればいいのよ。私も大阪に出てきた最初はカルチャーショックを受けたからね。」


大阪のうどん屋で「いなりうどん?なんやそれ」って言われた時は思わず「でかるちゃー」って呟いたほどよ。

ちなみに大学のカフェテリアのメニューは「きつねうどん」、「きつねそば」で両方とも油揚げがのっているまさかの関東仕様よ。なんでやねん。

そろそろ引っ張り過ぎね。


「この後、もうひとつぐらい怪物化してそうな所に行ってみようと思っているのだけど、皆はどうするのかしら。」


「この後も時間大丈夫です。能美先輩にくれぐれもと頼まれてますので一緒に連れて行ってください。」


くれぐれもってどういうことかしら。

須奈乃、帰ったらきっちり説明してもらうわよ。


「一人じゃ怖いけど、凜ちゃん行くなら私も行きます。」


何を怖がっているのかしら。

おかしいわね、思い当たることがないのだけれど。


「自分はもちろんどこまでもついて行くっス。例え、嫌と言われてもっス。」


嫌って言われたらついてきちゃダメでしょ。

ストーカー規制法に引っかかるかもしれないから気をつけなさい。


三人ともついてくるというのなら止めはしないわ。

ただし、出発前に惣流さんか式波さんに「あんたバカァ?」って言われないように、承太郎にはいくつか注意すべき行動について改めて伝えておいたわ。

承太郎の不注意な行動でくりりんや瑠奈を危険に晒すわけにはいかないから、ね。

少ししょげてたけど、萎縮せずに改めてもらえるなら何も問題ないわ。

「若さゆえの過ち」と無縁でいられるといいわね。


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