またつまらぬものを斬ってしまった
くま〇ンの出来損ないのいるというアパートに向かいながら、くりりんと決めた合図を瑠奈に共有しておいたわ。
実際には使わないかもしれないけど、サインプレーって綺麗に決まると気持ちいいじゃない。
「それで、なんで凜ちゃんと先輩がおんなじスキル使えるの?」
「私が私だからよ。」
「…やっぱり先輩は怖い人なの。」
「えぇ~、なんでそうなるかなぁ。」
三人並んで話しながら歩いていると、正面から六十代ぐらいの見た目がなんとなくタヌキっぽいオジサンが煙草をふかしながらこちらに向かって来たわ。
右から私、瑠奈、くりりんの順で並んでいて、どちらかというとオジサンは私の正面に近かったので、私が一応避ける形で道を譲ったのだけど何か気に入らなかったのか突っかかってきたわ。
「ねーちゃんら、こない狭い道で並んで歩かれると邪魔でしゃーないな。」
そう言いながら、人の体を舐めまわすように見てくる。
なんて不躾な視線なのかしら。
私が魅力的だから見たくなるのはわかるけど、瑠奈もくりりんも怯えてるからやめてほしいわ。
念のためにくりりんに小細工を指示して、二人を私の後ろに庇うようにオジサンと対峙したわ。
「普段は車もほとんど通らない生活道路だし、それでも片側によっていたじゃない。それに私たちが並んで歩いたぐらいじゃ道の半分も塞がらないわよ。あなたこそ見てた限りだとずーっと道の真ん中をお歩きになってたみたいですけど、それは問題にならないのかしら。」
軽くジャブを打ってみたわ。
「なんやごちゃごちゃと生意気な口をきくねーちゃんやな。邪魔なもんは邪魔なんじゃ。」
ちゃんとガードするなり、打ち返してきなさいよ。
そんなんじゃ幼い子供の口喧嘩以下で物足りないじゃないのよ。
それにしても息が煙草臭いわね。
あまり近寄らないでほしいわ。
大体、今時歩きたばこを平然とやってのけるその厚顔無恥さに唖然としちゃうわね。
しかも携帯灰皿すら持たないで、道路に灰を落としまくってたわよ。
全く、電車や飛行機の中でも自由気ままに煙草をプカプカできた時代は終わってるんだから、ちゃんと時代の流れについてきなさいよね。
受動喫煙だ、分煙だって喫煙者が肩身が狭い思いをしているのは、オジサンみたいに所かまわずプカプカするマナーのなっていない人のせいでもあるんだから少しだけ気の毒よね。
ここ大阪も路上喫煙禁止区域が条例で決められてはいるけれど、区域外だったら問題ないって話でもないし、そもそも全面的に禁止できない行政もどうかしてると思うわ。
お花見の文化とかがあって、公園とかでの飲酒を禁止しきれないのとは事情が違うのだから。
「最近の若い奴はこれやからかなわん。もうちょっと目上のもんを敬わなあかんやろが。」
そう言うと、短くなった煙草を道路に放り捨てる。
ふうん。
「せ、せんぱい!?」
くりりんが私の気の高まりを感じ取ったのか、袖を引っ張って止めようとするが私は止まらない。
オジサンに向かって一歩踏み出すとゴミでも見るような目つきで言い放つ。
「なら、ちゃんと敬われるような行為をすることね。」
「なんやて!?」
「傲岸不遜に道の真ん中を歩き、あまつさえ道を譲った若者に対して邪魔と難癖をつけ、うら若き女性の体をいやらしい目つきで舐めまわすようにし、挙句の果てには火をついたままの煙草を公道に放り捨てるような人に対して敬う気持ちなんてこれっぽっちもわかないわよ。」
「ぐっ…、口だけは達者なねーちゃんやな。けつの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか。ついでにその乳も揉ませろや。」
言っておくけど、達者なのは口だけじゃないわよ。
そして、間のフレーズはギャグとして使うもので、この場で使うのは不適切よ。
最後の下卑たセリフに相応しい、気色悪い手つきでオジサンがにじり寄ってくるわ。
そこで、私はオジサンを無視してくりりんに確認したわ。
「くりりん、今のちゃんと撮れてたかしら。」
「は?」
「ばっちりです。」
くりりんがスマホを操作して動画を再生させたわ。
『けつの穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか。ついでにその乳も揉ませろや。』
「は?」
なんて間抜けな顔をしているのかしら。
タヌキが化かされたみたいですごく滑稽よ。
「瑠奈、警察に電話してちょうだい。気持ち悪いオジサンに脅されましたって。」
「は、はい!」
「ちょ、ちょっと待て。」
「待て?言葉遣いが違うんじゃないかしら。」
「ぐぅ…待ってください。」
「待たないわよ。ちゃんと証拠も残ってるからきっちり留置場に入ってもらうわよ。」
「堪忍や、年寄りをいじめんでくれ…。」
「あら、さっきまでの威勢はどうしたのかしら。ほら、もっと抵抗しなさいよ。」
「降参じゃ。もう許してください。」
『敵拠点を制圧したのでポイントを獲得しました。』
あら、なんてことかしら。
また随分とけったいなものを踏みつぶしてしまったようだわ。
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