ナビ子
「他の寮長たちと連絡はついたけどこんなことが起きてるなんて全く把握してなかったらしい。これからどうする?」
ラウンジの壁に掛けられた時計に目をやる。
もうすぐ零時ね。
私、できるだけ零時を過ぎて活動しないようにしているのよね。
気になることはいろいろあって特殊な状況ではあるけど、それでも私は生活のリズムを崩すつもりはないわ。
「寝るわ。他の寮長には明日午前中に箕面に来るよう言っておいて。須奈乃も適当なところで切り上げていいからね。良い睡眠は健康を保つ一番の方法よ。皆もあんまり騒がないでちゃっちゃと寝るのよ。」
それぞれ返事をして何人かは素直に部屋に引き上げていく。
「ところで浅草はなんでこんなことになってるのに気付いたか聞いてもいいか?」
「あれ?言ってなかったかしら?っていうか、逆に太陽には何も聞こえてないの?」
「何が聞こえてるって言うんだよ。ダンジョンに入るとBGMが変わったりするとか言うなよ。それとも頭ん中に小っちゃいオジサンでも仕込んでいるとか?」
「BGMは鳴ってないし、小っちゃいオジサンもいないけど小っちゃいお姉さんはいるみたい。」
「は?」
「伊代先輩、もしかしてナビ音声みたいなのが聞こえちゃってるんですか?」
「あ、それいいわね。私の頭の中のあんたは「ナビ子」と呼ぶことにするわ。勝手に居座ったんだから家賃分ちゃっちゃと働かないとただじゃおかないからね。」
『…。』
「伊代先輩とフルタイム一緒にいるなんてナビ子ちゃんは羨ましいわね。」
「聞こえてるのは浅草だけ?能美、お前は聞こえていないのか。」
「残念ながら聞こえてませんね。そういう先輩はダンマスっていう立場は伊代先輩と同じなのになんで聞こえてないんですか。」
「んぐっ。」
「じゃ、私寝るから。」
須奈乃に背中を優しくぽんぽんされている太陽を尻目に自分の部屋に戻ったわ。
ナビ子の声は誰にでも聞こえるわけじゃないのね。
なら、誰になら聞こえるのかしら。
気になることがまた一つ増えたけどまあいいわ。早く寝ましょ。
翌朝、いつも通り六時半ぐらいに目を覚ますとベッドの上で日課のストレッチをしながら昨日起きたことを整理する。
ダンジョンとやらになったらしい寮、それを管理或いは支配するダンマスとしての私、ゲームでのダンジョンにはモンスターがいるらしいけど寮にモンスターはいなくて寮生たちがいる…。
伊豆の廃病院、襲われた配信者、ゲームに出てくるような3つの頭を持つ犬型のモンスター。
ステータス、位階、能力値、スキル、ナビ子、外出不可。
戦略的にはどうにもあまり良い方向に考えが進まないわね。
とは言え、倍返しすることを諦めたわけではないから誤解しないで欲しいわ。
絶対に元凶を引き摺り出して痛い目に合わせてやるんだから。
決意を新たにするとトーストを焼いて朝食を摂る。
「伊代先輩、おはよーございます。」
ちょうど食べ終わった頃に須奈乃が部屋に来たわ。
「今日はどうします?大阪にも廃病院ありますし、モンスター捜索に行ってみます?」
「私としては怪物とは極力関わりたくないわね。皆を危険に晒したくないもの。」
「伊代先輩のそういうところも大好きですよ。嫁にしたいです。」
「能美伊代。あまり良い響きじゃないわね。遠慮しておくわ。」
「検討はしてくれるのに断る理由はそんだけかーい。」
「それより怪物が出るのは廃病院に限らないと思うから気を付けるように周知しておいて。例えば普通の賃貸アパートとかね。」
「えっ!?どういうことですか??」
「今のところ謎現象が確認できているのはうちの大学の学生寮と伊豆の廃病院。実家の一軒家は何も起きていなかったみたいなの。とすると、これは人がそれなりにいる建物を狙ってるんじゃないかと思ったのよ。」
「っていうことは、まさか。」
「そのまさかよ。下手したら私たちが怪物になってたんじゃないかってこと。」
「えー、先輩がモンスターになったら輪をかけて怖い存在になりそうですね。」
「あんた、失礼ね。」
とりあえずこめかみをグリグリしてやる。
「先輩、痛いですぅ。それで、なんで賃貸アパートが危険なんですか。」
「ちょっと考えれば分かるじゃない。賃貸アパートには私がいないからよ。」
「そりゃ先輩は一人しかいませんからね。それぞれの賃貸アパートに先輩が漏れなくひとつついてたら借り手が見つからなくて大変なことになっちゃいますよね。先輩、痛いですぅ。」
「そうじゃなくて、ダンマスだっけ、そういうのがいないからよ。」
「つまり、ダンマスの存在が私たちが怪物化することを防いでくれたと思われているんですね。」
「今のところ、そう考えているわ。」
「ダンジョンは私たちを怪物にしてどうしようっていうんですかね。ありがちなダンジョンは侵入者に備えてモンスターが跋扈しているから、そういう役目を背負わされるんですかね。」
「これはあまり他の人に言わないで欲しいんだけど…。」
「先輩が基本的にノーパンってことですよね。安心してください。言ってませっ、先輩、痛いですぅ。」
「勝手に私をノーパン主義者にするな。」
「先輩の抱える深刻な状況を和らげるためのちょっとした楽しいジョークじゃないですか。」
「あまり必要だったとは思えないわ。ま、手っ取り早く言ってしまうとこれは侵略行為だと思っているの。」
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