朝臭い竿の呪い
さて、私はもう一人ぐらい連絡しておこうかしら。
スマホの連絡先から一つを選んで発信する。
『何の用?』
「愛しのお姉ちゃんに何の用とは随分じゃない。」
『用が無いなら切るよ。』
「本当に切ったら次に会った時に生きていることを後悔させてあげるわよ。」
『ハイハイ。で、何?』
「ええと、何だっけ?ステータスオープンって言ってごらん。」
『ステータスオープン。これでいいの?何の罰ゲーム?』
「何も変わったことはない?」
『姉ちゃんがダラなこと言い出した以外は。』
「いい度胸ね。今度それを面と向かって言えたら本物だって認めてあげるわ。」
『言えるわけないし。』
「あんた、家にいるのよね。父さんも母さんもいるの?」
『親父はおるけど、お袋は町内会の集まりで皆で皆既月食見るとかでまだ帰ってきとらん。』
「あ、そう。これは美しくて賢くて優しいお姉ちゃんからの忠告だけど学生寮とか人が多く住んでるような建物には気を付けるのよ。」
『どう気をつければいいが?』
「いろいろ、よ。何かあったら連絡するから次は3コール以内に出なさいよ。」
『それは約束できん。』
「じゃあね。」
弟の以蔵は相変わらずのぶっきらぼうね。
私の弟なだけあって容姿は端麗なのだが、如何せん愛想が足りない。
私と同じで名前で揶揄われる幼少期だったから仕方がないのかもしれない。
父は判っててこんな名前を子供につけているので質が悪い。
小学校に入った頃に男子に揶揄われ始めたのを「お父さんが伊代なんて名前つけるから」と猛然と抗議したところ、「世の中に存在する不条理に比べれば名前で揶揄われるぐらいは大したことはない。それも鍛錬の一つだ。」とか言ってのけやがりましたから。
何のことはない、自分が「朝臭い竿」だった無念を子供にも味合わせたかっただけだと私にはまるっとお見通しだ。
私の場合はまだ嫁に行けばその呪縛から割と簡単に逃れることはできるけど、弟は婿入りしないとずっと「朝臭いぞう」だから悲惨だ。
その点では選択的夫婦別氏制度が成立していないこの状況は私にとっては幸いなことだわ。
今後、成立したとしても私には旦那様の氏に変わる一択しか考えられないのだけどね。
うちの浅草も大概で、朝倉や片板、是高ぐらいまでならまだギリギリ踏み止まれたかもしれないけど、古和や矢場、北名だったら絶対に親を訴えるか改名手続きをしていたと思うわ。
先ほど挙げたこれらの苗字に罪はないけど、私や弟の名前とでは破壊力が増すのでどうか許してほしいわ。
似たような話でキラキラネームとか本当に勘弁してほしいわね。
奇抜であったり、読めなかったり、意味が分からなかったりする名前のどこに愛着を持てというのか。
親ガチャがどうのこうの言われる時代ではあるが、名付けは貴賤に関係なく親としてたっぷりの愛情を込めるぐらいできるはずだ。
子供の名前は親が自由にできるオモチャでは決してないのだから。
私の場合、嫁ぎ先は絶対に河合にすることを心の支えに生きてきたものだ。
弟は河合家に婿入りしても「可愛い象」になるのであまり希望は持てなかったのかもしれないぞう。
話は逸れたけど、弟に電話したことで判明したことが1つに立てられる仮説が2つ。
弟は私の二つ下で今年から地元の大学に通っている。
両親と一緒に石川県金沢市で一戸建てに暮らしているのだが、ステータス画面というのが見えていなかったようだ。
判明したことは今回の変化は学生といった範疇や年齢での範囲に漏れなく発生するものではないということ。
仮説の一つ目は今回の変化があったのが寮のような大型の住居に限られるのではないかということ。
二つ目としては、今回の変化があった境界が大阪と石川の間のどこかに存在するのではないかということ。
今回の皆既月食と天王星食が日本各地で見られると報道されていた時点で大阪と石川の間なんて中途半端な所にあるなんて線は薄いとは思うんだけどね。
まあ、両方とも少し時間が経てば自ずと判りそうなことね。
大した収穫がなくて残念だわ。
「寮長、モンスターが出たって騒ぎが起きてます。」
閲覧数稼ぎ目的の配信者が東伊豆の廃病院に無断で侵入して生配信をしていたところ、何かに襲われて配信が途絶してしまったことが話題になっているのを情報収集していた者が見つけたみたい。
その襲われた瞬間の映像を見てみると、ただの野犬とは明らかに違って頭が3つある怪物がはっきりと映り込んでいた。
「ふーん、東伊豆の廃病院に怪物、ねぇ。」
これが今回のダンジョンに関連してのこととなれば、先程立てた仮説が二つとも更新されることになるわね。
一つ目の大型住居限定については病院が住居にあたるかという問題はあるけど、廃病院に棲みついていた野犬が住民と考えれば問題ないとも言えるわ。
二つ目の境界は、とりあえず東の方は伊豆の方まで含まれることになるわね。
これについては今回の皆既月食と天王星食の見えた範囲を調べてもらった方が早いかもね。
誰か得意な人にお願いすればいいわね。
ということで既に誰かやってるかもしれないけど、念のため須奈乃に宜しくしちゃったわ。
問題は怪物の存在ね。
廃病院に棲みついていた野犬が怪物化したとなると、私たちが怪物化しないですんでいるのはどういうことかしら。
犬と人間という種の違い、だけで済ませて納得するのは厳しそうな気がするわ。
とすると、私や太陽みたいな存在が鍵を握りそうね。
私たちみたいな存在が怪物化を防いだのなら、それって最早無差別攻撃を受けたってことに等しいんじゃないの。
そんなのは私からしてみれば徹底的にやり返さなきゃいけない案件じゃない。
何処のどいつがこんな真似をしたのかはわからないけど、私の倍返しから逃れられると思ったら大間違いなんだからね。
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