困ったちゃんには気を付けて
「貴方、もしかしてここの管理組合の理事長とかなさってます?」
「そうだが。今、そんなことが関係あるのか?」
「大ありですよ。ちなみに昨日の夜はどちらにいらっしゃいましたか。」
「昨日の夜?あぁ、そう言えば皆既月食だったな。妻は何やら騒いでいたようだが、ワシは部屋で酒を飲みながら寛いでいたよ。」
「そうですか。その時、『初期設定を変更しろ』とか聞こえませんでしたか。」
「そう言えば、やたらはっきり聞こえた幻聴が二回ほどあった気がしないでもないが…。そんなことより早くこいつをどうにかしろよ。こんなところで血だらけになっていることが大っぴらになったらここの価値が下がってしまうかもしれないだろうが。」
「はぁ、何で見ず知らずの人に対してそんなに偉そうなんですか。そして馬鹿なんですか。私に知られているという時点で心配していることが無駄だということが判っていないんですか。」
「そういうことなら少しぐらいの金ならくれてやるから決して口外するなよ。もしそれでも口外したのがお前だと判ったら社会的に抹殺してやるからな。」
そう言って分厚い財布を取り出して現金を渡そうとしてくる呆れたオッサン。
社会的にだろうが殺すと言ったのはオッサンが先だ。
殺すと言っていいのは殺される覚悟のある奴だけだ。判っているんだろうな。
順番が変わると運転者を激痛から救うことができないかもしれないので、先にこっちを処理してしまう。
車に傷をつけては申し訳ないので、車を異次元収納に入れてしまう。
確認できている通り、生物は収納できないので運転者だけがその場に残る。
見るに堪えないくらいの惨状なので、これは樋渡さんの「治癒」では治せないだろう。
「な?何をした?」
車がなくなったことを不思議がるオッサンは放っておいて運転者に話しかける。
「痛いのは一瞬です。次に気が付いた時には無事な姿になっているはずだから安心してください。でも、家具が少しだけ無くなっているかもしれませんがその点はご容赦ください。」
運転者の確認を取らず、頭を吹き飛ばしてオッサンに向き直る。
「お金なんて要りませんよ。その代わりという訳ではありませんが、貴方のダンジョンを貰い受けることにしましょう。死を選びますか、それとも降伏しますか。」
「お前は何を言っているんだ。なぜワシが死なねばならんのだ。…痛っ、なんでワシの手に穴が開いているんだっ。」
「言っても分からないようですから、身をもって理解していただきました。降伏しないなら、その穴が全身に隈なく開いて死ぬだけですよ。」
そう言って、もう一つ穴を追加してやる。
レベルが上がっているので意識的に威力を落として穴が小さくなるようにしてみているがうまくいっているようだ。
多分、全力でぶっ放すと肘から下がまるごと吹き飛んでしまうことだろう。
「し、死ぬのは嫌だ。た、助けてくれ。金ならいくらでも払う。」
「馬鹿は嫌いです。お金は要らないといいましたよ。選ぶのは死か降伏です。」
「わ、わかった降伏するから助けてくれ。」
『敵陣を制圧したのでポイントを獲得しました。』
こうして高級分譲マンションを制圧することに成功した。
この後、樋渡さんに来てもらってオッサンを治療してもらったのだが、手が元通りになるとただのスケベ爺になって樋渡さんを口説き始めてしまったのには呆れてしまった。
奥さんいるんじゃなかったのかよ。
樋渡さんが小声で私に告げる。
「入院患者で困った人が多いのでこういう人の扱いは慣れてますから大丈夫です。」
困った入院患者と言えば、昨年の骨髄腫治療で入院する際に個室の空きがなくて最初は四人部屋に入ることになったのだが、同室の人たちがもれなく困った人たちで本当に参ったものだ。
一人はわがまま爺。
何でもかんでも自分の思い通りに動いてくれないとすぐに大声で切れる。
こうしてくれるべきだろう、なんでそうできないんだ、そうするのが当たり前だろう。
その言い分の全てが逆が正論と言える内容で、聞かされる度に胸糞が悪くなったものだ。
しかも医師には何も言わずに、看護士にだけ文句を言うくずっぷりにさらに気分が悪くなったものだ。
一人は痛み自慢爺。
看護士さんを呼んでは痛みが辛いんだよね、あそこが痛い、こっちが痛いとひっきりなしだった。
痛みで夜も全然眠れないとか言っていたけど、絶対にそんなことはない。
毎日お前の鼾が一晩中うるさくて私の睡眠が妨げられていたのだからな。
挙句の果てに、じじいは朝が早いのか起床時間前に明かりをつけてがさがさと新聞を読み始める始末だ。
看護士さんに注意されても「何でダメなんだ」と文句を返すような奴だった。
一人は音出し爺。
テレビはイヤホンなしで視聴し、電話もベッドの上で大声でかけ放題。
こいつに関してはこれ以上何も言うことはない。
二週間ほどで個室に移れたのでそこまでダメージは大きくならなかったが、後一週間続いていたらと思うとぞっとする。
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