押すなよ、絶対押すなよ
結局、トイレの扉の前で待つ羽目になってしまったが、安藤さんの辞書には羞恥心の言葉はないのだろうか。
事前に言っていた通りに、トイレの中に引きずり込まれるのはなんとか回避しようとしたのだが、抵抗しているうちに漏らされても更に対応に困ると懸念して妥協案として扉の前で待つことにしたのだ。
扉の前を離れようとすると、その気配を察知したのか中から扉を三回ノックして「旦那様、いらっしゃいますか」なんて聞いてくるんだもん有名な学校の怪談の逆パターンみたいで怖くてとてもじゃないけど離れられないよ。
しかも扉の前にいないと聞こえないぐらいのノックと声の大きさだし、返事しないとすぐにでも出てきそうな雰囲気を醸し出すしで本当に困ってしまう。
なんか、ダンジョン関係の対策を考えるより安藤さん対策を考えた方が有益に思えてきたのは気のせいだろうか。
「旦那様に匂いを確認していただけなくてとても残念です。」
やばいよやばいよ。
安藤さんが変な風に公私混同して私生活も何もかも曝け出しまくってるから麻痺しそうになっちゃうけど、本来夫婦でもこんなことしないよね。しないよね!?
プライベートもプライバシーもかなぐり捨てて体当たりでこられ続けてはこちらの身も心も持たないというものだ。
私としてはプライバシーを放棄するつもりは一切ないのでどうしたものか。
いっそのこと護符のこととか全部打ち明けてしまえば、ほぼ無敵だと分かってもらえて身辺警護を緩めてもらえたりするかなあとも考えたが、今日になってからの常軌を逸した行動を思い返すと緩まらない方に分がある気がする。
何が何でも私から離れないって決めてかかってるところがあるしね。
そもそも国の意向で私のことを警護するってことなら普通なら同性である男性の方をつけるだろうし、人数も一人だけってことはないと思うんだよね。
今みたいに用を足すときとか交代ですませないと身動きとれなくなっちゃうもんね。
実際に、未だにコーポ大家の周囲には常に公安の人が二、三人警戒しているわけだしそっちはちゃんと体制が組まれているみたいだし。
とすると、安藤さんが連絡係であるというのは事実としても、護衛役というのは嘘とまでは言わないが国から与えられた役目ではないんじゃないだろうか。
例えば、秘書役とかぐらいならあり得そうだけどそれにしたってわざわざキャリア警察官を使う必要ってないと思うんだよね。
こうなると勝手に護衛ということで私に張り付いているとしか思えなくなってしまった。
だとしても昨日の今日でそれがまかり通るほどにあちこち根回ししてしまえるものだろうか。
ミニスカートや写真集のこともやったうえでと考えるととても信じられないよ。
それと安藤さんの一連の行動って私に対する精神攻撃になっている気がするんだけど、序列上位への敵対行動にはあたらないのだろうか。
もしかしたら警告が発せられているのかもしれないけど、ボールをぶつける時もそれで特殊な性癖に目覚めていたみたいだから、そうだとしても寧ろ喜んで実行していそうだ。
子供にやっちゃダメって言うと逆に喜んでやっちゃうみたいな子もいるけど、あれに似てるのかもね。
そう言えば、1980年に『カリギュラ』ってローマ皇帝カリグラを題材にした歴史映画がイタリアとアメリカで合作されたんだけど、過激な内容だったからアメリカの一部地域で公開禁止になっちゃって、逆にそのせいで世間の注目を惹いて大ヒットしたんだよね。
それで、これが日本で報じられると、他者から行為などを強く禁止されると、かえって欲求が高まる心理現象のことを「カリギュラ効果」とか「カリギュラ現象」って言うようになったなんてことがあったんだけど今でもこの言葉を使ってる人っているのかなあ。
怪しいコンサルタントとかが好んで使ってそうな気がするっていうのは私の偏見です。
まあ、禁止されるほどやってみたくなってしまうっていう心理状態は分からなくもないけど私は基本的には自制できる方かな。
昔話の鶴の恩返しでも、鶴に「絶対に部屋の中は見ないでください」と言われていたにもかかわらずおじいさんは覗いちゃうしけど、アレはないよね。
押すなよ、絶対押すなよってネタしてるわけじゃないんだから自制しようよ、ってそれじゃお話として成立しなくなっちゃうんだけどね。
いい大人は昔話でも教訓として扱われているんだからダメなものはダメ、だから自制しましょうと言っても愚かな犯罪を繰り返す連中にも残念ながら伝わりそうもない。
安藤さん対策としては何かを察したらとっとと逃げることを最優先しようと誓ったのだった。
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