ほとばしる感情
「なるほど。この声のおかげで知ることが多かったということだったのですね。」
「隠していて申し訳ないです。」
「大丈夫です。夫婦になっても隠し事のひとつやふたつ、みっつぐらいは許して差し上げますので。」
安藤さんにも「天の声」が聞こえていると判った以上、「天の声」に対する理解を深めるためにも情報共有を図ろうとしたのですがなんか反応がおかしいです。
「どうしてもう結婚が決まったかのように仰っているのか納得いかないのですわ。紀香さんはそれでよろしいのですか。」
「構わないわよ、っていうか私から父を貰ってって言ったんだもの。」
「手をこまねいていては泥棒猫に多田さんを奪われてしまうわ。そんなの許せないわ。」
「警察の人間を泥棒呼ばわりするとはいい度胸ですね。ですが、今日のところは多田さんとの縁を結べた記念日ということで寛大な気持ちで許して差し上げましょう。」
「ぐぬぬ。確か、警察の人って結婚するのに相手の身辺調査とかいろいろあるって聞いたことあるわ。そんな簡単に結婚出来ないはずよ。」
「仰るように交際するにも決裁というものが必要なのですが、今回の諸々の絡みで失礼ながら既に調査させていただいておりまして反社会的勢力などと関係がないことは確認済みでございますし、特に決裁が下りないようなことはないと思われます。自分としてもお嬢様から直々にお話をいただいた以上、粛々と関係性の構築を進めて信頼と安定の家庭環境を実現する所存であります。」
「そうよね〜。基本的スペックだけ見ても超優良物件よね。年齢不相応に若くて造形も結構良いし、温和そうでDVとは程遠そうだし、ケチ臭くないどころか割と太っ腹だし、娘さんとの関係も良好そうだし、今回のダンジョンの件はもちろんだけどそれ以前からもすっごく頼もしいし、私もチャンスがあればと思ったことが無きにしも非ずだけど、警察に調べられてもホコリひとつ出てこないなんて逆に怖いぐらいね。」
「奈美さんまでワンチャン狙ってたなんて知らなかったのですわ。ライバル多すぎなのですわ。こうなったら妾でも愛人でもペットでも何でもいいのでおそばにおいてほしいのですわ。」
「仕方ないわね。夜這いをかけて子種を搾り取る計画を実行するしかないわね。」
「警察官の前で不同意性交等罪に該当するようなことを口にするとは言語道断ですね。これはいくら記念日とは言え無視できない事案になりますよ。ただ、多田さんの現状を鑑みるとその行為は…んぐっ」
安藤さんがその先に何を言おうとしたのか何となく察してしまったので、思わず手で口をふさいでしまった。
別に今更そんなことをするつもりもないが、今の私は子供を作ることができない。
というのも、多発性骨髄腫になって今も治療中であることは前にも言った通りだが、その治療に私が使っている今の薬には催奇形性を有する可能性があるためだ。
催奇形性っていうのは簡単に説明すると、胎児に奇形を生じさせうる危険性のことだ。
なので、この薬を使うに当たっては、性交渉を控えることや、避妊を徹底することが求められる。
生まれてくる子供に重篤な先天異常を与えないようにしましょうという配慮だね。
それで、そのことを身辺調査で知っている安藤さんが忠告しようとしたのだと思い、紀香には病気のことは打ち明けていないので事前に止めさせてもらったというわけだ。
その旨を「伝心」で安藤さんに短く伝えたのだが…。
『業務上知りえた情報を他人に公表しようなど警察官として恥ずべきことをしてしまいました。かくなる上は、警察官を辞職し、自分の一生を多田さんに捧げて償いますので何卒ご容赦ください。』
そんな辞職するとか大袈裟にしなくて大丈夫ですからね、とか宥めてどうにか納得していただけたようですが、実際の口からはとんでもない言葉が紡ぎだされた。
「どうせなら手ではなくて唇で塞いでいただきたかったです。」
「はぁ?お堅い警察官さまは何贅沢なこと言ってるんですかねえ。」
「そんなこと想像しただけで天にも昇る心地なのですわ。でへへ。」
「恵理ちゃん、現実に帰っておいで~。」
うーん、素敵なお嬢さんたちにここまで思われて正直悪い気はしないけれど、ふと冷静になってみるとなんかちょっと異常なことのように思えてきた。
普通の人ってもう少し想いを秘めているというか、ここまで思ったことを真っ直ぐに表現しちゃうもんだっけかなあと。
これに近いことが最近どこかであったようななかったような…。
あ、あったね。
私の闇が思いがけず深くなっていると感じたことが。
負の感情が突き抜けてたというか、やり場のない怒りまで噴き出しちゃっていたっけ。
これってもしかしてダンジョンが感情を増幅してたりするんじゃないだろうか。
何のために。
感情の起伏を激しくさせて互いにぶつけさせようとしているとか。
「天の声」がそう仕向けていると感じたようにダンジョン同士で闘わせようとしているのだとしたら。
結果、どうなる。
どちらかのダンジョンが相手のダンジョンを打ち負かし、配下に吸収していくことになるだろう。
それが続けばやがて最後には一人のダンジョンマスターの元に全てのダンジョンが統合されてしまうのは必然の未来ということになるだろう。
あ、これってまずくないかい。
怪物化したダンジョンが住人を逃がさないようにしているんじゃないかと感じた時、そして地下に潜ったダンジョンが広域連携しようとしていた時にも思ったじゃないか。
ダンジョンは成長を優先しているんじゃないかと。
それって別に怪物化したダンジョンに限った話じゃないんじゃないか。
ダンジョンを成長させることが目的なら、私たちが配下の拠点を増やしても一向に構わないどころか喜んでいるんじゃないだろうか。
もしかしなくてもしてやられたか。
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