やめろと言われても
横歩きになりそうなぐらいにカニを堪能して気づくと20時を回っていた。
21時からの配信を確認するにはそろそろお店を出た方がいいだろう。
ここからなら歩いても30分かからないぐらいでコーポ大家に戻れるはずだ。
安藤さんにお会計を済ましていただくとお礼を言って別れようとしたのだが、普通に拒否されてしまった。
「何をおっしゃっているのですか。ご自宅までお送りしないで何のための護衛ですか。」
はい?
お店を出ると車が横付けされていた。
しかもタクシーではなくてパトランプがついているが普通のパトカーではない警察車両だ。
「わざわざ送っていただかなくても大丈夫ですから…」
「多田さん、中すっごい乗り心地いいですよ。私の隣、空いてますよ。」
「多田さんは私の膝の上に乗るのですわ。もしくは私が膝の上に乗るのですわ。さ、どうぞ、なのですわ。」
伴さんは既に乗り込んじゃっているし、面近さんは私の手をひこうとしてくる始末だ。
仕方ない、なんかすっごい申し訳ない気がするが、送り届けられるとしよう。
周りも何事かと足を止める人が少しずつ増えてきているので、これ以上注目を集めないうちにこの場を離れたいものだ。
ほら、勝手にスマホをこっちに向けて撮影を始めているのが既に何人かいる。
こういう風潮ってどうにかならないのだろうかと常々思っていたが、自分がその対象になるとイラつきを通り越して怒りを覚えることがよくわかった。
お前たちはその撮影したものをどうするつもりだ。
警察車両に乗るからってだけで野次馬根性丸出しで撮影してるんじゃないよ。
何に突然目覚めたのか判らないけど報道カメラマンにでもなったつもりか。
後で何かの事件に関わっていると判ったら謎の正義感を振りかざしてSNSにでもアップするのだろうか。
それともメディアに売りつけて小遣い稼ぎできればいいとでも考えてるのか。
今はどこに行っても何が起こってもあっという間にスマホで撮影を始める輩が多すぎる。
事故現場しかり、災害現場しかり。
実際問題として逃走する犯人の情報を残そうとするとかの目的を達成するためならまだ判るというか、ありだと思うが単に野次馬根性だけで撮り続けるのって何の意味もないだろうが。
そんなことしてるぐらいなら救命活動とか他にやれることいくらでもあるんじゃないかな。
「お前たち、何を撮影している。即刻、撮影を中止してデータを削除しろ。」
安藤さんが私を庇うように立って撮影している人たちに呼びかけるが、言われた方はどこ吹く風といった様子で撮り続けている。
挙句には「撮る権利がありまーす」とかふざけた主張をするバカまでいる。
なら、私には撮られない権利があると思うがな。
「要請に応じないなら押収することも厭わんぞ。やめろと言っているだろ。」
バカの相手をするのは本当に面倒くさい。
いっそのこと異次元収納を使ってスマホを回収してしまおうかと考えてしまった。
異次元収納ってスーパーで買いだめした時には判明してたけど、普通にダンジョンの外でも使えてるんだよね。
そんでもって抜きんでて文字数は多いし、スキルレベルはないし、よほど特殊なスキルなんだと思う。
そこでふと私の悪戯心がくすぐられてしまった。
これだけ特殊なスキルなんだし、ただ物を収納するだけじゃなくてもっと特殊なことだって出来るかもしれない、と。
早速それを実行してみた。
「あ?なんで撮影できなくなってんの?」
「私も止まっちゃったんだけど。やだ、カメラ使えないっていうかアプリ全部消えてるし。何なのよこれ。」
「げぇっ。俺も何にもない。マジかよ。」
意図したとおりの結果となり、悪戯心も満たされたので安藤さんを促して車に乗り込む。
ちなみに車は二台用意されていたので既に伴さんが乗り込んでいた方に面近さんを押し込んでドアを閉めると、もう一台の方の助手席に安藤さん、後部座席に紀香と私が乗り込んでとっととその場を後にした。
「多田さん、大変ご迷惑をおかけしました。こんなことなら普通のタクシーを用意すればよかったですね。」
「いえいえ、私が素直に乗っていれば人が集まる前にあの場からいなくなっていたでしょうから安藤さんの落ち度ではありませんよ。」
「そうよ、あの二人とイチャイチャしてるからよ。気を付けてよね、お父さん。」
「面目ない。」
「気を使っていただき恐縮です。ところで、撮影していた者たちに何かされたのですよね。具体的に何をされたか伺ってもよろしいですか。」
私がやったのは馬鹿どものスマホから全てのデータを異次元収納に格納しただけだ。
言葉にすると何でもないようなことのように思えるが、実際にはとんでもないことだ。
具体的には何がどうなったかは想像もつかないが、異次元収納の収容物一覧には確かに誰それのスマホ情報というのがいくつもある。
でも異次元収納は私の切り札ともいえるので全てを打ち明けてしまうつもりはない。
さて、どうしたものかね。
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