(その十九)後始末はしっかりしましょう
とりあえず、天下は厳重注意で済んだ。日ごろの行いの賜物である。
騒然となった職員室から場所を移し、会議室へ。天下も加えた四人で口裏を合わせて言うにはこうだ。
天下と交際している遙香が涼に恋愛相談。涼と交際中である佐久間の耳にも入り、相談に乗っているところ感極まって泣き出した遙香を佐久間が宥めていた図(写真参照)。
「彼、悪い人じゃないんですけど……その、ちょっと強引な所があって、だから、私……」
涙ぐみながら嘘八百を並べたてる遙香に涼は戦慄した。五教科も音楽の成績も冴えない遙香だが、意外な才能があるものだ。
ついさっき目の前で繰り広げられた天下の『強引な所』も幸いし、学年主任は無理のある説明にもなんとか納得した。
「それならそうと早く言ってくれればいいものを」
大袈裟に騒いだ手前、学年主任も気まずげだった。
「あまりにも騒ぎが大きくなってしまったもので、今さら『生徒の色恋沙汰です』とはどうも申し上げにくくて……」
佐久間が弁明。及第点だ。補うように天下が頭を下げる。
「元はと言えば俺のせいです。すみませんでした」
普通科きっての優等生にそこまでされてしまえば、学年主任とて強くは出られない。
「くれぐれも行動は慎重になさってください。そのつもりがなくても、今回のように誤解を招いてしまうこともありますから」
申し訳ございませんでした。四人仲良く頭を下げてその場は収まった。
帰りは当然、天下と遙香、佐久間と涼の二組に分かれる。
演技派の生徒二人は自然な高校生カップルの雰囲気そのままに教室へ戻った。
対する教師二人は形容しがたい重苦しさを纏い、無言でひた歩く。不愉快の塊と一緒に歩く自分を褒めてやりたかった。教室付近で周囲に人がいないことを確認してから、涼は拳を握った。
「え、あの……リョウせん、」
「歯は食いしばらなくていいですから。遠慮なく舌でも唇でも思いっきり噛んでください」
と言ったにもかかわらず、佐久間は食いしばりやがった。
それでも拳には確かな手応えがあった。よろめく佐久間を放置して涼は中央廊下を渡った。慣れないことをしたせいで手が痛い。
音楽科準備室に戻ると緊張感が解けて崩れ落ちそうになった。鞄からケータイを取り出し、電話しようかと考える。しかし、理由が思い浮かばなかった。助けてもらった礼、迷惑を掛けた謝罪。どれも天下は求めていないような気がする。そうして理由を探している自分に気が付いて涼はため息を吐いた。
これはマズい。