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二限目(その一)人は見かけにはよりません

 授業終了五分前。四十人近くいる生徒の中で意識を保っているのは半数。他は睡魔に負けて夢の中。舟を漕いでいるのはまだマシな方だ。机に突っ伏して熟睡している輩もいる。辛うじて画面を眺めている生徒達も一様につまらなさそうな顔をしていた。

(……やってしまった)

 いきなり『魔笛』はまずかったようだ。涼は己の選択を呪った。かの天才音楽家モーツァルトが生涯最後に作ったオペラ。夜の女王のアリアが有名なので、クラシックにたいして興味のない生徒でも多少は楽しめると思ったのだが。

 いかんせん、話が荒唐無稽だった。

 おまけにドイツ語だ。音楽科の生徒でもあるまいし、何を歌っているのか理解できないのも当然。字幕の文字を読むのにだって集中力を要する。

「せめて『カルメン』にしとけばよかった」

 いきなり自分の趣味に走るのはどうかと思って自重したのだが、それがいけなかったようだ。次は『カルメン』にしよう。わかりやすいあらすじも作成して配ろう。教科書二ページだけでは明らかに説明不足だ。

 涼はプレイヤーを止めた。消していた部屋の電気も付ける。心持ち強めに鍵盤を叩いて、生徒たちを現実世界へ引き戻した。

「来週は新しい曲やります。試験で歌ってもらうかもしれないので、そのつもりで」

 何人かの生徒が返事をする。それで授業終了。まばらに退室しようとする生徒たちの中から目的の生徒を見つけ出して声をかけた。

「鬼島君」

 小脇にノートをはさんだ背中が振り返る。次々と生徒が脱落していく中で一人、挑むように画面を睨みつけていた目が、今は怪訝の色を濃くしていた。

「忘れ物の件でちょっといいですか?」

 ちょいちょいと教卓まで手招きする。意外に素直なのか鬼島天下は口をつぐんだままやってきた。

「あれから探してみたらいくつか発掘できました。この中にありますかね?」

 一ヶ月前の日付が入った科学のプリント。鉛筆。万年筆のキャップ。紙袋から一つ一つを取り出して教卓の上に置く。能面に近い天下が目を見開くほど、次々と「忘れ物」は登場した。水色のハンカチ。「第十七回全国高等学校オーケストラフェスティバル」と印字された記念シャーペン。楽譜の二十九ページ目。埃を被っているものもあればゴミとしか思えないようなものもあった。

「どれ?」

 山積みになった忘れ物を前に天下は呆然。

「……本当に、忘れ物なんかしたと思ったんですか」

「やっぱり口実だったんだ」

 真面目に探して損をした。涼は肩を竦めた。

「でもまあ、生徒の嘘に付き合うのも教師の仕事だ」

「嫌味ですか」

「別に君を責めてはいないよ。忘れ物があると聞いた身としては、一通り探さなきゃいけない。少なくとも、教師として格好がつく程度には努力をするべきだ」

 実際は半分以上、意地だったが。とことん付き合ってやって、天下がどこまで嘘をつき続けられるか喧嘩を売ったようなものだ。そして軍配は涼に上がった。

「で、ここまで頑張ったわけだし、努力賞ということで教えてくれないかな。私に何の用だったんだ」

 沈黙すること数秒。天下は一つ息を吐くと、鑑賞室の机に腰を下ろした。

「机の上に座るな」

「忘れ物をしたのは本当ですよ。一昨日ではなくて二週間ほど前ですけど」

「聞こえなかったのかな。私は、机の上に座るな、って……待った。二週間前?」

 返答の代わりに天下は片頬を歪めて笑った。今までの優等生イメージが一変。それでいて、すらりと伸びた足を組む格好は非常に様になっていた。

「あんたが二人をど突き倒した時はせいせいした。よっぽどそのピアノ気に入ってんだな」


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