(その十七)覚悟と諦めは全く違います
慎重に言葉を選ぶ。決定的な発言は避け、突破口を探った。何か、適当な言い訳はないか。もっともらしい正当な事情を言おうと涼は頭を捻った。
教室内で熱い抱擁を交わす生徒と教師の事情――どんな事情だ。再就職先を探した方が有益のような気がする。そうだ。そうしよう。
「何を相談されたんですか?」
「元旦にも、お二人は会ってましたよね?」
追随するように民子が訊ねる。質問よりも確認に近かった。わざわざ声に出して訊くことでこちらに認めさせたいのだろう。周囲の教師達の困惑がますます深くなるのを涼は肌で感じ取った。
「どういうことですか?」
「ご説明いたします」
涼は学年主任に頭を下げた。
「しかしここは人が多過ぎます。別室でお願いいたします」
「これだけ騒ぎが大きくなっているのです。今更、」
外野は黙っていろ。騒がしい民子は無視して訴えた。
「騒ぎが大きくなっているからこそ、配慮していただきたい。その後の処遇をどうなさるかは主任の判断にお任せいたします。ですから、まずはこれ以上話がややこしくならないよう、別室で話をさせてください」
この時点で涼は腹を括っていた。佐久間の免職は間違いない。関与を認めた以上、自分も罪に問われるだろう。かくなる上は、できるだけ内々に事を収め、これからも学校生活を送らねばならない遙香の立場を少しでも回復させておく。
覚悟なんて格好いいものじゃない。これは諦めだ。それでも涼は間違っているとは思えなかった。巻き込まれたとはいえ、最初に関わると決めたのは自分。諦めたのも自分だ。非難されようと職を追われようと全て自己責任の範疇に入る。琴音に叱られる筋合いはなかった。
(所詮、私はその程度の人間だってことだ)
渡辺涼という人間が浅はかだったのだ。だから報いを受ける。それだけのことだった。
(これでも努力はしたんだよ)
この場にいない琴音に胸中で言い訳する。処分を受けたと知れば彼女はさぞかし怒り狂うだろう。言わんこっちゃない。自分のことのように憤慨し、そしてあっさり諦めた涼を叱るのだ。
(私にしては上出来じゃないか)
生徒は護る。教師としての最低限の義務だ。だから怒るな。琴音が思うほど渡辺涼は大層な人間じゃない。頼むから怒らないでくれ。自分はこれでいいと思っているんだ。誰かを巻き込んだわけでも迷惑をかけてもいない。それでいいじゃないか。
学年主任は悩む素振りを見せた後、涼の提案を呑んだ。
「では、会議室の方で――」
「もういいですよ、渡辺先生」
涼は顔を上げた。まさかの乱入。不用意にも開けっ放しの扉から現れたのは、先ほど中央廊下に放置したはずの天下だった。
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