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   (その十四)口論をする際は周囲に気を配りましょう

 積み上げたものを崩すのは簡単だ。たった一週間の間に民子とは半ば敵対関係になり、佐久間とは絶交し、琴音とは気まずくなり、天下に至っては目すら合わせないようになった。自分がいかに脆い関係で繋がっていたかを涼は改めて実感した。

 周囲は相変わらず涼と佐久間が交際していると思い込んでいる。涼もあえて否定はしなかった。佐久間にはああ言ったが、遙香が三年になるまでは小芝居を続けてやるつもりだ。

 表向きは職場恋愛だ。浮ついていると先輩教師から嫌味を言われることもある。生徒にからかわれることもある。天下には軽蔑されただろう。しかし全て、涼が我慢すればそれで済むことだった。

 大したことではなかった。もっと酷い扱いだって受けてきた。悔しくて眠れなかった時だってあった。でも涼はしぶとく生きている。ピアノだって弾くし、授業だってできた。心労で倒れることもない。

 だから、大したことではない。

 そうして折り合いをつけて数週間。模試も終わった月曜日の朝、涼が寝ぼけ眼を擦り職員室へ向かっている際に、その匂いは鼻を掠めた。学校にはそぐわない微かな香り。

「煙草」

 反射的に口に出すと、見覚えのある背中が振り返った。高校生にしては鋭い双眸。授業以外でまともに顔を合わせるのは久しぶりだ。

「匂い、また残ってる」

 内心の動揺を悟られる前に涼は踵を返した。職員室とは反対方向。それでもこの場から逃げ出すことの方が重要だった。

 背後で舌打ち。

「相変わらず細けえ」

「学校は禁煙ですから」

「煙草も駄目。恋愛も駄目。だから不登校が増えるんじゃねえの? 窮屈過ぎんだよ」

 何故ついてくる。意地でも振り向くまい、止まるまいと涼は足を速めた。

「望ましくないんだ。やるならバレないようにこっそりと。バレた際はペナルティを甘んじて受けましょう、自己責任で」

「じゃあ俺が責任取るから付き合って下さい」

「再就職先の斡旋でもしてくれるわけだ。どうもありがとう」

「待てって」

 中央廊下に差し掛かったところで天下が痺れを切らした。肩を掴まれて、涼は仕方なく立ち止まった。

「頭は冷えたのかよ?」

 神妙な顔でそんなことを訊ねてくる。

「冷やすのは君の頭の方だ」

 いっそ氷水にでも頭を突っ込んでくれ。そうすれば教師に交際を申し込むなどという馬鹿げた考えも吹っ飛ぶだろう。そうだと全力で期待したい。

「一人で勝手に盛り上がって。迷惑だって何回言えば理解するんだ」

 感情を乗せずに、静かに、取り付く島を与えない。涼は極めて冷静に対処した。目論見通り天下の神経を逆撫でることに成功。眉間に皺が生まれる。

「責任なんか取れるわけないじゃないか。自分の面倒すら自分でみれない高校生が偉そうに口を利くな」

「伊達巻一つ作れない先生に言われたくはありません」

「卵焼き作れる程度で調子に乗るんじゃない。料理ができようと全国模試で百位だろうとあくまで君は高校生で、生徒で、子供なんだ」

 天下は眉根を寄せた。

「……またそれかよ」


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