(その九)責任転嫁は見苦しいだけです
「……私の言い間違いです」
「言い間違いで済ませるのはどうでしょう。校長の使いで私を呼びに来た時すでにあなたは『二年三組の女子』だと言っていました。あの時点で佐久間先生の交際相手が『二年三組の女子』だと知っているのは、当事者でなければ怪文を送りつけてきた人だけです」
決定打。確かな手ごたえを涼は感じた。民子の視線が行き場を求めて彷徨う。やがて逃げ場のないことを悟ったのか、真っ直ぐに涼を見据える。見ているこっちが危うくなるほど直情的な眼差しだった。
「私は嘘など書いていません」
堰を切ったように民子は饒舌に語り出した。
「全て本当の事です。リョウ先生だってご存知でしょう。あの人は教師でありながら、よりにもよって生徒と関係を持ったのです。十も歳下の小娘にですよ? 相手は火遊び程度にしか思っていないのに、恥も外聞もなく女子高校生の気まぐれに付き合って……っ!」
佐久間達を貶めれば自らの正当性が証明されるかのようにまくしたてる。しかし、そんなことはなかった。生徒と教師の恋愛がいかに常識外れだろうと、騙しうちのように怪文を送りつけるのは卑怯な行為であって、それ以外の何物でもないのだ。
「私は、間違ってはいません」
民子は断言した。が、根拠がなかった。
「そのお言葉、あなたの好きなお三方の前で言ったらどうです?」
容赦なく涼が突けば、民子は脆くも崩れ落ちた。言えるはずがない。でなければ校長、教頭、学年主任のお三方に匿名で怪文を送りつけ、騒ぎを引き起こしたりなどしない。
生徒と教師の恋愛はご法度。しかし不用意な行動で騒ぎを起こした事とはまた別問題だ。涼に指摘されてようやく民子はそれを悟ったらしい。事が公になれば佐久間と遙香はもちろん糾弾されるが、民子もまたただでは済まないことを。
(まだるっこしいことなんてせずに、学年主任にでも相談すれば良かったのに)
そうすれば、生徒と教師の恋愛問題で話は済んだ。一方的に責めることだってできたのに。民子の行動は理解に苦しむ。
民子は力無く顔を上げた。
「佐久間先生に言うんですか?」
どうあっても他人の目が気になるらしい。涼は心底呆れた。
「私は生徒が平穏無事に卒業できれば満足です。それ以上は望みません。波風さえ起こらなければ何も申し上げる必要もないでしょう」
暗にこっちも目を瞑るから、あんたも黙っていろと言ったのだが、民子は縋るような目をした。この変わり身の早さ。呆れを通り越して感心さえしてしまう。
「私は、どうすれば……」
「ご自分で考えてください」
佐久間といい民子といい、先輩教師の不甲斐なさに涼は軽い眩暈を覚えた。他人依存にも程がある。これがいい歳した大人か。
しかし涼も他人のことを言えた義理ではなかった。清算はしなくてはならない。模試の結果を待つまでもなかった。涼の中で結論はもう出ていたのだ。