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   (その六)食事は味より相手が肝心です。

 てっきり居酒屋にでも行くのかと思いきや、佐久間が選んだのは表参道のレストランだった。メニューに料金が書かれていない時点で場所を間違えたのではないかと不安に駆られる。巡回するソムリエを見た瞬間には席を立って逃げ出したくなった。

 学生時代、小洒落たレストランでピアノ演奏のアルバイトをしたことがある。が、そこにはワインカーヴはなかったし、料金はしっかり書いてあった。焼きたてパンの食べ放題が売りの庶民派レストラン。それが涼の限界だった。

 しかし、涼を一番悩ませたのは高級過ぎる店の雰囲気でも味でもなかった。隣に座る矢沢遙香の存在だ。

「なんで先生がここにいるんですか?」

 こっちの台詞です。反論の言葉はワインと一緒に喉の奥に流し込んだ。涼も場違いだと自覚しているが制服姿の女子高生はもっとこの場にそぐわない。

「これからのことを相談に乗ってもらうためだよ」

 向かいに座る佐久間が宥めた。遙香は唇を尖らせながらもそれ以上は言ってこなかった。態度は十分に不満の意を示していたが。この状況に関しては涼も同感だ。

 佐久間にしてみれば、当事者を全員揃えて相談したいだけなのだろうが。涼にしてみれば二人のデートに付き合わされているようなものだ。

「それで、お二人はこれからどうするつもりなのかな」

「どうすると言われても……」

 佐久間は途方に暮れた顔で口ごもった。

「リョウ先生には申し訳ないですが、ほとぼりが冷めるまでは、その、僕と付き合っているふりをしていただけないかと」

 高級レストランでの食事は随分高くついたものだ。

「人前で濃厚な接吻でもすれば皆さん納得しますかね?」

「な……っ、嫌よ! 冗談じゃない!」

 血相を変えて遙香が席を立つ。周囲の視線に気づいた佐久間が慌てて座らせて、取り繕った。落ち着いたのを確認してから非難を多分に含んで囁いた。

「ふざけている場合じゃないんですよ、先生」

「十分ふざけた真似をあなた達はしています。それに加担する私も同じくらい馬鹿げてますけどね」

 テーブルの上に肘を置く。行儀の悪さはこの際気にしない。

「佐久間先生、一つ忘れてませんか? いくら他の先生方を上手く騙せたとしても、絶対に騙せない人がいます」

 間抜け面をする二人に涼は突きつけてやった。

「校長達にチクった奴です。そいつがどこの誰だか、心当たりは?」

「あるわけないじゃないですか」

「じゃあ、そいつが今後お二人の交際事実をバラしてまわろうとしても、止めようがないわけだ」

 最初は容疑者の一人として鬼島天下の名を挙げようと思っていたが、やめておいた。確証がない。おまけにこの二人に話してもこじれるだけで無駄だ。

「付き合っているのか、と訊ねられたら否定はしません。しかし私にそれ以上を求めないでください。試練だと思ってお二人で乗り越えてください」

 食事と会話の終わりを示すように、涼は立ち上がった。つられるように佐久間と遙香の二人も席を立つ。会計は勿論佐久間が支払った。伝票を確認すらせずカードを渡したところを見ると、金持ちなのだろう。涼の中にわずかながら残っていた同情心が失せた。

 店を出るなり遙香は佐久間の腕に自分のそれを絡めた。

「送ってくれるんでしょう?」

 甘くねだる。あっさりと佐久間は応じてタクシーを呼んだ。

「では先生、また明日」

 窓から手を振る遙香。仕草は無邪気だが、その笑顔は優越感に満ちたものだった。女から交際中の彼氏を奪い取った親友が、こんな表情を浮かべていたのを涼は思い出した。

 一人表参道に取り残された涼は時間を確認した。午後の九時過ぎ。電車がなくなる前に帰ろう。帰って全てを忘れようと心に決めた。

 高級レストランの味なんて、もう口には残っていなかった。


 これで一章は終了です。お付き合いくださり、ありがとうございます。

 今更なのですが〔15歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現〕が欠片もなく、恋愛どころか殺伐とした展開になっております。

 二章からは善処されるかと……たぶん。おそらく。きっと。

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