(その八)居直ると恐ろしいことになります
「一体何の……」
民子が取り繕うように笑う。
「どうして矢沢さんと佐久間先生が交際していると知っているんです?」
笑顔は無視して涼はたたみかけた。
「二人で会っているところを見た。おまけに親しげでただならぬ雰囲気だった。たしかに、怪しいと思える状況であることは認めます。しかし確信がないのなら、平然を装って話しかけるか、後日事情を聞いてみるのが普通でしょう。怪文騒ぎがあったのならなおさら慎重に行動するものです。いきなり喧嘩腰で当人に問い詰めたりなどしません。もし誤解なら赤っ恥ではありませんか」
「見ればわかります。だいたい、新年早々二人きりで会っているなんて不自然ではありませんか」
「不自然な状況ではありますが、決定打には欠けます。あなたは二人の様子を見て疑惑を抱いたんじゃない。最初から疑っていたんです。状況がその疑惑を裏付けただけです。いや、確信していたと言った方が的確ですね。でなければ、いくら匿名とはいえ、お三方に告発文を送りつけるような大胆な真似はできないはずです」
民子は一瞬、虚を突かれたかのように涼を見つめ、それから唇を震わせた。
「それではまるで、私が二人を陥れようとしたみたいではありませんか」
「みたい、ではなく明確な悪意を持ってなさったと私は推察いたします」
他人の色恋を職場で暴露。正気の沙汰ではない。我を失っていなければできないことだ。
「一体、何の証拠があってそんなことを……っ! 無礼にも程があります。私を侮辱なさるおつもりですか」
顔面蒼白で民子がわなないた。
「では、矢沢さんが佐久間先生と会っているのを見かけただけで、例の怪文と結びつけたのですか?」
「当然皆そう思うでしょう? 匿名とはいえ、怪文の通り矢沢遙香は二年三組の女子生徒です。ここまで重なっていたら疑うなと言う方に無理があります」
民子は濃い目の口紅を施した唇を挑発的につり上げた。
「誰が見ても二人は怪しいです。なんでしたら、他の先生方のご意見を伺ってもかまいませんよ」
どこまでも強気な姿勢。それは過信に近かった。
他の先生方も味方してくれるはず。だから自信を持って言える。逆を言えば、誰かの後ろ盾がなければ動けないということだ。その証拠が、先ほどからやたらと民子の口から出てくる『校長』だの『皆』だの、直接関わりのない第三者の名だ。『皆』の支持がなければ自分の考え一つ言えやしないのだ。
「その必要はありません。もう十分です」
涼はため息を吐きたいのを堪えて言った。
「渡辺先生、あなたは何故あの怪文にあった佐久間先生の交際相手が矢沢遙香を指していると知っているんですか?」
「前にも言いました。学年主任から聞いたんです」
質問の意図を探るように民子は睨みつけてきた。だからというわけではないが、涼は早々に結論を言った。
「怪文には『二年の女子』とありましたが『二年三組』とは一言も記されていません」
民子は二の句が継げなかった。目を見開き、驚愕とも憤怒ともつかない歪んだ表情のまま硬直する。それは、言葉よりも雄弁な返答だった。
かなり昔の話を出してすみません。
『一限目(その一)火のないところに煙はたちません』では一応、そうなっていました。