(その七)盗人は猛々しいのです
案の定、民子は唇を強く引き結んだ。涼の強情さを不快に思っているのを隠そうともしない。世の中自分と同じ考えを持つ人間が多数で、少数派の人間は異常だと断じて疑ってすらいない表情だった。
「佐久間先生とのご関係は、どう説明なさるつもりですか?」
強引な話題転換。本人は急所を突いたつもりなのだろう。
「リョウ先生のおっしゃる通りだとしても、実際は交際していない二人がさも付き合っているかのようにふるまう――何か理由があると考えるのが普通ではありませんか? 人には言えない理由があるのではないかと」
勝ち誇るように他人のプライバシーに踏み込んでくる。民子の無神経さに涼はげんなりした。他人の色恋に首突っ込もうなど物好きがいたものだ。
「知っての通りですよ」
誤魔化そうと考えなかったわけではない。例えば、天下があまりにもしつこく交際を申し込んでくるから、口実として佐久間に協力してもらった、とか。それが今になってバレてややこしくなった、だの。自分でも呆れるくらい嘘の言葉は浮かんだ。
しかし、疑っている相手ならまだしも、確証を得ている相手にどう言葉を取り繕っても無駄だ。
「佐久間先生に関しては、渡辺先生がご覧になった通りです」
涼が含めた意味を民子は察しなかった。言葉面をそのまま呑み込んで、注視しなければそれとわからないくらい微かな笑みを漏らした。が、気の緩みも一瞬で引き締め、冷静を取り繕う。
「では、校長に報告しなければなりません」
白々しい義務口調。さらに民子は咎めるように目を眇めた。
「しかしリョウ先生までもがどうしてそんな軽率な真似を? 教師と生徒ですよ。常識的に考えれば止めるのが普通ではありませんか。何故、協力なんかしたんです?」
土足で踏み込んできた挙句、説明を要求する。この身勝手さによって涼のただでさえ長くない気が限界を迎えた。
「もういい加減にしてくださいませんか」
鈍痛がする頭を抑えて、半ば自棄気味に言い放つ。
「何故私がこんな馬鹿げた隠ぺい工作に付き合ったか。お知りになりたいですか? 端的に理由を申し上げれば、あなたのような方がいらっしゃるからですよ」
民子は鼻白んだ。
「どういう意味です?」
「教師と生徒の恋愛なんて正気の沙汰じゃない。そんなこと、わざわざ言われなくてもわかっています。そのわかりきったことを、配慮もなく人目のつく場所で責め立てるような無神経な方がいらっしゃるから、私は内々に事を収めようとしたんです」
涼の苛立ちの原因は民子の言動にあった。
生徒と教師の密会現場を捉えたのなら、まず周囲の目の届かない場所に移動し、事情を問い質すのが普通だ。駅構内のあんな大勢の人前で、晒しものにする必要はなかった。そこに涼は民子の悪意を感じ取ったのだ。
吊るし上げになった側がどれほど傷つくか。そこまで思い至らないくせに干渉してくる民子が涼には赦せなかった。
「馬鹿の一つ覚えみたいに正論を何度も振りかざさないでください。おっしゃる通り、生徒と教師の恋愛は大問題です。分別すれば『悪い事』になるのでしょう。しかし、佐久間先生が間違っているから、あなたが正しい、ということにはならないんですよ」
佐久間と遙香は軽率だった。しかし、その非を責め立てる権利は民子にはないのだ。それを、まるで鬼の首でも取ったかのように、これ見よがしにかざし、いやしく貶め踏み躙る。涼に言わせれば民子の心ない言動にもまた、非があった。
「渡辺先生」
色を失うほど唇を噛みしめる民子に、涼は剣呑な視線を向けた。
「大義名分が自分にあるからといって、他人のデートの後をつけたり、ましてや職場に脅迫文紛いのものを送りつけるのは、いかがなものでしょうかね」




