(その十六)だから間違えると取り返しがつきません。
矢沢遙香を助けることで、同じ過ちを犯した母を助けたつもりになっていたのだ。
母への贖罪とは違う。むしろ被害者は涼の方だ。望まないのに生み出されて、捨てられた。母の無責任さのせいで、今までどれだけ惨めな思いをしてきたことか。どれだけ憎んだことか。
でも、一番惨めなのは捨てられたという事実じゃない。母の行為が赦せない事だ。母の行いが過ちだと断じることはつまり、涼の誕生もまた過ちだということになる。一生、母を責め、自分の存在を呪いながら生きていけるほど涼は強くはない。自分で自分の存在を否定しながら生きるなんて苦痛以外の何でもない。だから推奨はできなくてもせめて認めたい。自分の生誕は失敗でも間違いでもなかったと。
結局は、自己満足以外の何物でもなかったのだ。
(でも無理だ)
ふとした瞬間に怒りが込み上げてくる。どうして、と責めてしまう。心の奥深くに根付いた恨みはそう簡単に消せるものではなかった。
後先考えない無責任さを責めずにはいられなかった。
「私に言わせれば、お前も佐久間も一緒だよ」
言葉が口を衝いて出た。
「勝手に一人で盛り上がって周囲に迷惑まき散らして、いざ問題になったら『仕方ない』の一言で済まそうとしている」
「俺はそんな……っ!」
「自分は悪くない。仕方なかった。どうしようもなかった。そんな言い訳なんか聞き飽きたよ。巻き込まれた側にとって『仕方ない』で済ませられる事なんて何一つとしてないんだ」
明らかに傷ついた表情を見せる天下。しかし涼の胸は全く痛まなかった。痛まなかったことに涼は完膚なきまでに傷ついた。
二十年以上も経っているのに、どうして赦せないのだろう。責めずにはいられないのだろう。
「……そうかよ」
嘲りにも似た歪んだ笑み。天下は突き放すように言い捨てた。
「じゃあ勝手にしろ」
天下は踵を返す。涼は一歩も動けなかった。見送るのはこれが初めてだな、と場違いなこともぼんやりと思った。
いつだって離れるのは涼の方だ。引き止めようとするのは彼。歩み寄るのも彼だ。自分は何もしていない。
勝手な話だ。涼はなんだか可笑しくなった。今まで散々帰れだの天下を冷たく突き放していたのに、いざ背を向けられると言い知れない寂しさに襲われる。見放されたとさえ思う。そのくせ足は縫い止められたように動かない。
追うことも、呼び止めることもできなかった。人はそれを未練と呼ぶのだろう。
「リョウ先生……? 鬼島がどうして、私には何が何だか」
「忘れてください。終わったことですから」
始まってすらいなかった。最初から終わりは見えていたから。
前哨戦終了です。予想外に長引いてしまい申し訳ないです。
しかしこれでようやく六章(一部の最終章)に突入できます。これ一応恋愛小説ですからね、なんとか一区切りつけたい……っ!
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。六章では「公衆の面前でキスシーン!」を予定しております(予定は未定)。今度はマジです。五章のようにフランス映画で逃げたりしないことをここに誓います。