(その十五)最初が肝心ということです
民子を置いて店を出る。その場で怒鳴りつけてやりたいのを堪えて、改札口へ向かった。人気のないところは生憎見当たらない。いっそどこぞの喫茶店にでも行って根性を入れたろうか、と自棄になったところで呼び止められた。
低くて、少し掠れた声。このややこしい時に――涼は苛立った。
「まあ奇遇だな、鬼島君」
後をつけてきたのなら、大したものだ。ストーカーの才能があるかもしれない。佐久間の前でもなんのその。天下は優等生をとりつくろうこともなく現れた。
「あれで誤魔化せたと本気で思ってんのかよ」
天下の薄い唇に嘲笑混じりの笑みが浮かぶ。が、それも一瞬で打ち消して真剣な表情で佐久間を見据える。
「あんた、いつまでこんなくだらねえ小芝居続ける気なんだ」
「鬼島」
たしなめるように呼べば、天下は鼻を鳴らした。
「佐久間先生はいつまで渡辺先生に頼られるおつもりなんでしょうか」
言葉遣いこそ丁寧だが、その口調は皮肉以外の何でもない。完全に気圧された佐久間は目を丸くした。
「どうして……」
「あれだけ派手にいちゃついてたらバレるに決まってんだろ? 俺でさえ気づいたんだ。英語の渡辺だって納得しているかどうか怪しいもんだ」
いや、むしろあれは全く納得していない様子だ。涼は確信していたが、口にはしなかった。嫌疑がかけられようと佐久間と遙香の関係がバレようと、天下には関係のないことなのだ。
「君が心配することじゃない」
途端、鋭い眼光がこちらへ向けられる。
「あんたもあんただ。先輩への義理だか教師としての義務だかなんだか知らねえが、大概にしろよ。あんたが甘やかすから、こいつらは増長すんじゃねーか」
「否定はしないよ。でも私が誰に手を貸そうと私の自由だ。それと言葉遣いに気をつけなさい」
言ってから涼は後悔した。思いっきり地雷を踏んだ。天下の前で(涼にそのつもりがなくても)佐久間の味方をすれば何を引き起こすか、火を見るより明らかだ。
「そうやって迷惑面しながら結局流されてんじゃねーか。反対なら協力すんじゃねえ。中途半端なんだよ、あんた」
不覚にも涼は言葉を失った。天下は的を射ていた。後先考えない佐久間を軽蔑しながらも彼女のふりを承諾した。それが全ての始まりだ。今もこうして助けてしまった。これから先のことは面倒見られない、と丸投げして。それこそ中途半端で無責任だ。
「そんなに教師面したいのか? 生徒の味方の、良い教師でいたいのかよ」
違う。そんなんじゃない。良い教師でいようと思ったことなんて一度だってない。全ては自分のためだ。周りがどう思おうと関係ない。ただ、
(ただ、赦したかったんだ)