(その十三)教師とはそういうものです
電車一本とはいえ、年末年始の特別ダイヤ。思いのほかホームで待たされ、目的地についたのは三十分が過ぎた頃だった。駅構内に店舗を構えているチェーン店。見慣れた看板を目にしたところで立ち止まり、深呼吸を一つ。涼は腹を括って乗り込んだ。
「遅くなってすみません」
禁煙席に座っていた佐久間が振り返る。地獄で仏を見たような顔に涼は情けなさを覚えた。芝居とはいえこんな男と付き合う自分の感性を疑う。
「明けましておめでとうございます。新年早々奇遇ですね、渡辺先生」
佐久間と向かい合うように座っていた渡辺民子は眉を神経質そうに顰める。涼が現れても疑惑は拭えないらしい。
「お二人は、お付き合いをなさっていると伺いましたが」
懐疑的な眼差しで隣に座る遙香と佐久間の両名を見る。遙香にいつもの勝気な様子はない。当然だ。高校生が受け止めるには重すぎる現実だ。こういう時にこそ、大人である教師が責任を持つべきだというのに。
職を賭けるくらい好きなら盾になってやれ。それぐらいできなくてどうする。
「明けましておめでとう、矢沢さん」
民子の言葉は受け流して、思っていたよりも小さな肩に手を置く。遙香は微かに震えていた。見上げる瞳に不安と怯えの混じるのを涼は見逃さなかった。事の重大さをようやく理解したのだろう。最悪な状況に追い込まれて。
「なんか大事になって悪いね。せっかくの正月だというのに」
遙香は唇を噛んでいた。強がりで必死に覆った弱さは抱きしめてやりたくなるほど愛しいものだ。守らねばと思う。こんなだから、自分は余計なお節介が止められないのだろう。
途中で買っておいたチョコレートの詰め合わせを遙香の手に握らせる。
「おっさんの相手をありがとう。これから友達と遊ぶんだろ? 時間は大丈夫か?」
無言で頷く。口を開けば溢れてしまうものを押し止めるように。
「渡辺先生」
咎めるように民子が呼ぶ。が、涼は無視して遙香を立たせた。
「まだ終わっていません。事情を――」
「説明なら私がします。年明け早々、生徒を理不尽に拘束するわけにはいきません」
背中を控え目に押す。「先生」と縋るような呟きを耳にしたのは、おそらく涼だけだ。努めて明るく微笑んでやる。
「大丈夫だ。それよりも君は音楽の心配をするべきだ。遊ぶのも結構だが、リコーダーの練習を忘れないように」
遙香の顔が歪んだ。言葉にならないが、何を言いたいのかはわかる。
ごめんなさい。こんなつもりじゃなかった。
泣くことを堪えている姿は、まともに顔を合わせたことのない母を彷彿とさせた。きっと彼女もそうだったのだろう。誰だって、破局を知りながら突き進んだりはしない。無知で愚かで、盲目的だった。しかし無知で愚かなりに本気だったのだ。
気にしなくていい。大丈夫だから。
そう言ってやれば良かった。迷惑をかけてきた遙香を赦せたように、母も赦せれば良かったのに。解放してやれば良かった。