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   (その十一)先手必勝です

 琴音が起きてきたところで、お雑煮を作った。贅沢にも鶏肉でだしを取ったものだ。費用と手間を考えれば正月でなければできなかっただろう。おせちには伊達巻が収まり、人並みの新年を迎えた。

「――で」

 涼は弾力のある伊達巻を嚥下した。

「どうして君はさも当然のようにここにいるんだ」

「食べていけと誘われましたから」

 遠慮なく天下はお雑煮をすする。おせちにも箸を伸ばしカマボコを一口。箸の持ち方に妙な癖があった。

「社交辞令って言葉を知っているか」

「涼、新年早々生徒を苛めないの。だから嫌われるのよ」

 いっそ憎まれた方がマシだ。涼は新年早々ため息をついた。

「生徒と年越しすることは問題だと思わないのか」

「不可抗力よ。それに二人っきりじゃないんだから大丈夫」

 年が明けても琴音は呑気だ。たった一晩で何かが劇的に変わるとは期待していない。が、もう少し一般常識を身につけるべきだ。これだから温室育ちは――ため息二つ目。

「だいたい、なんでタイミング良く電話なんかしてくるんだ」

 天下は端整な外見を裏切ってかなりの健啖家だった。餅三個をあっという間に平らげて、おせちから具を少しずつ自身の皿に移す。一応遠慮はしているらしい。

「聞いてるのか」

 数の子を頬張りながら天下はちらりと涼に目を向けた。

「ンなもん、あんたの声が聞きたかったらに決まってんじゃねーか」

 嚥下して今度は伊達巻をよそう。あっさりと告げられた言葉を涼が理解するのに数秒の時を要した。

「……はい?」

「あー今年も終わっちまうんだなあ、って思ったら最後に声聞きたくなって、そしたらなんか伊達巻作れなくて困ってるようだし、この時間帯に押し掛けたらきっとなし崩しに一緒に年越せんだろーな、って思ったんだよ。幸い榊さんは先生とは違って親切にしてくれたしな。飯まで誘われて退けるかよ。願ったり叶ったりじゃねえか」

 天下の視線はあくまでも豪華盛り合わせのおせちにある。

「俺はガキですから、利用できるもんは何でも利用します」

 それが何か? と言わんばかりに天下は堂々と言ってのけた。完全に開き直った態度だ。涼は新年早々卒倒しそうになった。

 いやいやいや気づいていたとも。天下の下心くらい。ここまであからさまにやられて気づかない方がおかしい。しかし――涼は向かいに座る教え子をまじまじと見た。

 天下は何事も無かったかのようにお雑煮を食べている。

「涼、顔赤いよ」

「飲み過ぎました」

「……なんで敬語なの?」

 動揺しているからです。涼は内心頭を抱えた。

(さらりと小っ恥ずかしいことを……っ!)

 しかも(琴音とはいえ)人前で。最近の高校生はみんなこうなのか。恥知らずなのか。オペラ並に直接的な台詞。舞台の上ならばともかく、何故日常生活で平然と言えるのだ。

 案の定、琴音は「もう諦めなよ」と言わんばかりの視線をよこしてくる。面白がっているのは明白だ。なんと薄情な友人だろう。もしくはこの状況に対する危機察知能力が欠如しているとしか思えない。これはゆゆしき事態なのだ。鬼島天下は生徒で六歳下で、自分は六歳上の教師なのだ。

 新年早々、涼は先行きに不安を覚えた。


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