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   (その十七)万全を期しましょう。

【警告】冒頭からとんでもない展開になっております。十五禁の意味をよく噛みしめて、冷静になってから視線を下ろしてください。不快な思いをなされても残念ながら当方は一切責任をとることはできません。









 その後はもう急転直下だ。どちらともなく見つめ合い、接吻を一つ。唇に触れるだけのキスはやがて深くなり、互いの舌を絡め合うほどの濃厚なものになる。

 二人手をつないだまま、天下の自宅へ行き、雪崩れ込むようにベッドに倒れ込んだ。理性も倫理も吹っ飛ばしてただ快楽に身を委ね、互いの体温だけを感じる。文明が発達しても変わらない原始的で野蛮な行為、だからこそ気持ちが良かった。余計なものが何一つついていないのが、たまらなく心地よかった。しがらみからの解放感。後に残るのは愛しさだけだ。



 ――とまあ、ここまでは三流フランス映画ならありうる展開だ。



 しかし残念ながらここはフランスではなく日本で、これは映画ではなく小説だった。

 実際は天下が落ち着いたところで離れた。駅まで言葉を交わすことなくただ並んで歩いて、同じ電車に乗って、涼は先に降りた。その際に何か声をかけてやるべきかと考えたが、気の利いたセリフが浮かんでこなかったので結局無言で別れることと相成った。アパートに着く頃には、先ほどまでの自分の行いが脳裏でエンドレスでリピート再生され、様々な意味で涼はぶっ倒れそうになった。

 天下の母が奇跡的に記憶を取り戻すこともなかったし、鬼島氏が心を入れ替えて天下を追いかけてくることもなかった。涼一人が動いただけで劇的に変わるくらいなら、最初からそうしている。涼が本腰を入れて向き合っても、天下を取り巻く状況は大して変わらなかった。

 しかし、変わったものはあった。

 翌々日に天下が修学旅行の承諾書を提出した旨を涼は佐久間から聞いた。鬼島氏のサイン入り。修学旅行にもちゃんと参加するとのこと。一体どういう心境の変化か、涼が興味に駆られて訊いてみれば、天下はいつもの優等生顔で答えた。

「約束しましたから」

 意味をはかりかねて涼は眉を寄せる。天下は人の悪い笑みを浮かべた。

「抱かせてくれましたよね?」

 十秒ほど。涼の思考は停止状態に陥った。機能回復と同時に頬が紅潮していくのが自分でもわかる。あれは冗談にもならない戯言だったはず。

「いや、違うだろ」

「確かに俺が期待してたものではありませんでしたが、今回は譲歩します」

「次なんてない。進展もありえないからな。だいたい、忘れると言ったじゃないか」

「先生が忘れるのは自由です。でも俺は忘れませんよ」

 忘れろ今すぐ。涼は一昨日の自分をぶん殴りたくなった。安易な同情は身を滅ぼすということを失念し、うっかり天下を衝動のままに抱きしめてしまった。これでは佐久間達と同レベルではないか。

「三泊四日ですよね」

「あ、ああ」

「しおりによれば、自由時間がたくさんあるそうですね」

「羨ましいよ。教師に自由な時間なんてない」

「でも就寝時間後は空いてますよね? 夜は長いんですし」

 不穏な気配を感じ取った涼がドアノブをひねる前に、天下は扉に手を置いた。逃がすつもりはないらしい。恐る恐る顔を上げて涼は激しく後悔した。

 凄みを帯びる笑顔で天下は低く告げた。

「逃げんなよ」

 肉食獣に睨まれた獲物の気持ちが良くわかる。わかりたくもないが。

 恐怖に駆られた涼が手にしていた教本で天下を張り倒し、音楽準備室に逃げ込んだとて一体誰が責められようか。

(く、喰われる……っ!)

 机の引き出しから取り出したしおりを開く。赤ペンでマークし、何度も確認した事項だ。修学旅行当日まで絶対に、天下にだけは知られてはならない。バレたら最後。どんな暴挙に出るか涼には想像もできなかった。

 普通科と音楽科は宿泊する場所が完全に違うのだ。見学場所も違う。同じなのは往復の新幹線の中。そして――

 三日目に泊まるホテルだけだ。

「百瀬先生」

 涼はコピー機を使用している恵理の肩に手を置いた。

「後生ですから相部屋でお願いします」


 これで長い長い五章は終了です。お付き合いいただきまして、本当にありがとうございます。できれば次の六章で一区切りをつけたいと思っております。

 予告通り明日は番外編……を公開できますよう、全力を尽くします。

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