(その十二)無責任と無関心は同罪です
女性誌は何故こんなにも分厚いのか。『キュンキュン』の表紙をめくると涼が生まれ変わったってなれないような美女が新作のジャケットを着てポーズを決めていた。信じられない。これで歳下か。そして日本人か。
「やっぱりピンクよね」
遙香が『ネネ』の一ページを指差す。必要以上に開いた胸元とリボンが特徴のワンピースをこれまた高校生とは思えない女性が完璧に着こなしていた。
「……まさかとは思うが、修学旅行に着てくるんじゃないだろうな」
京都を闊歩するワンピース姿の遙香を思い浮かべ、涼は恐ろしくなった。場違いにも程がある。古の都を一体何だと思っているのだろうか。
「これくらい普通ですよ」
「君達と教師陣の価値観には相違がある。別にこっちに合わせろとまでは言わないが、服装指導をされることは覚悟しといた方がいい」
「着るものにまで口出すんですか?」
遙香は思いっきり不快気な顔をした。
「京都に行ってまで」
「外に出るからこそ、周囲の目に気を配るんだ。学校のイメージに関わる。修学旅行だからって羽目を外されるわけにはいかない」
涼は『キュンキュン』を閉じた。音楽科準備室には現在、他の教師はいない。皆部活の指導やら出張やらで席を外している。それを幸いに遙香は恵理の机に雑誌を広げ、本人曰く「勝負服」を選んでいる。
服選びなら教室で同級生達と盛り上がればいい、と涼は思うのだが、遙香にはそれができない理由があった。
「佐久間先生はどんなのが好きだと思います?」
意見を求められても涼はファッションに明るくない。佐久間の好みを知るほど親しくもない。が、わざわざ訪ねてきた遙香の手間に少しでも報いてやろうと、無い知恵を絞った。
「可愛い系、だと思う」
高校生と交際するくらいだ。少なくとも知的美人ではないだろう。
「じゃあピンクね」
遙香は機嫌良く雑誌をめくった。ころころと変わる表情は見ていて飽きない。我儘な妹を持った気分にさせた。
一応、佐久間との関係は秘めているため、遙香は涼の前でしか佐久間の話ができない。音楽科準備室にまで押し掛ける理由がここにあった。涼の都合などお構いなしの所は自分勝手でもあるが、同時に健気でもあった。それでも彼女は佐久間との関係を投げ出さずにいる。
比べて自分はどうだろう、と涼は思った。
危ない橋は渡らない。必要以上に首を突っ込もうとしない。拒まれたら身を引く。何かが間違っていると気づいていても。途中で投げ出すような無責任にはなりたくはないから。
しかしそれは無関心だ。
天下が傷ついているのも見ないふり。鬼島家が歪んでいるのも見ないふり。無責任にならないかわりに、涼は非常に無関心になった。傷口を目の当たりにしながら医者ではないことを理由に逃げ出すのと同じだ。それは、途中で放り投げることよりも冷酷な仕打ちではないか。
「今日は佐久間先生とデートじゃないのか?」
「なんか修学旅行のことで打ち合わせがあるらしいですよ」
時計を見る。午後五時。会議なんて聞いていないとすれば、心当たりは一つしかない。鬼島天下だ。佐久間は彼の扱いに困っていた。承諾書のサインもまだなのだろう。個別に呼び出して、事情を問いただしているのだろう。必死に平静を装い、はぐらかす天下の姿が脳裏に浮かんだ。
(またあいつ一人が責められるのか)
ああ畜生。涼は胸の内で誰にともなく罵倒した。どうして消えてくれない。どうして彼は自分の前で傷を曝け出した。どうして――
涼は席を立った。
どうして放っておけないのだろう。